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食と農と環境

タネから世界を考える 藤原辰史さん×小林宙さん対談

2023年10月14日、コープ自然派おおさか(ビジョンたべる)は、農業史研究者の藤原辰史さんと、伝統野菜のタネを販売する大学生の小林宙さんの対談イベントを開催。縦横無尽に広がるお話の一部を紹介します。

(左)小林宙さん(右)藤原辰史さん

ふたりの出会い

藤原 私は歴史学の専門家で、その中心にあるのがアードルフ・ヒトラーが築き上げたドイツの独裁国家ナチスです。私がなぜこの研究を続けてきたかというと、ナチスはただ障害を持っているだけ、あるいはただ人種が違うという理由で多くの人を殺しましたが、今の日本でも同じような排除はあるわけです。そして、そのナチスが有機農業に関心があり、健康主義で菜食主義者もたくさんいて動物保護法もつくるなど、とてもエコなところがある。なぜあの暴力的なナチスが自分にも共感できるエコロジカルな思想も持っていたのか。自然を大切にする過程で私たち自身が注意するべきことがあるのではないか。こんなふうに、歴史から今の食や農業を考える研究を続けてきました。

小林 僕は2002年生まれの21歳で、大学で哲学を勉強しています。15歳のときに「鶴頸種苗流通プロモーション」というタネ屋を始めて、いわゆる「伝統野菜」と呼ばれるタネの販売をしています。群馬県の形を鶴が飛んでいる形に見立てるとちょうど頸の位置にあたる伊勢崎市というところに畑を持っているので、「鶴頸」という名前をつけました。

藤原 実は、私たちは昔からの知り合いです。『食べるとはどういうことか』(農山漁村文化協会)という本のもとになった中高生8人のゼミの1人が小林宙さんでした。そこでは3つの問いを投げかけるのですが、「いままで食べた中で一番美味しかったものは何ですか」という第1の問いに、15歳の小林さんは「トマト」と答えます。そして、タネを採ってトマトを育てていると、だんだんとその土地に適応して植物が変化していき、自分の好きな味になっていくという経験を話してくれました。自分で品種改良をしていたのです。

タネを未来へつなぐこと

藤原 以前、米の品種改良について研究して『稲の大東亜共栄圏』という本を書きました。日本は明治以降、各都道府県に品種改良のステーションをつくり、全国でその土地に合った品種改良をすすめていきました。そして1896年に日清戦争で台湾を領有し、1910年には朝鮮半島を植民地化して、そこでも米の品種改良プロジェクトを行なっています。もともとインディカ米をつくっていた台湾を日本人向けにジャポニカ米の食糧基地にするというひどいこともしたわけです。品種改良には7、8年かかるんですよね。

小林 そうですね、7年でできたらむしろ成功例ではないでしょうか。コシヒカリなどはもっとかかると思います。7年たっても15年たってもできないこともありますが、そこが結構大事だと思っています。

藤原 ほとんどは失敗で、たまにいい品種ができる。そこにはセンスが必要で、品種改良をする人は芸術家に例えられます。タネを育てて、いいタネをみんなに配布することはアートなんです。アーティストとしての感覚と感性がないといい品種は残せないし、忍耐力も必要ですよね。

小林 忍耐力は本当に必要ですね。いま全国からタネを集めていて、食べておいしかった野菜のタネを問い合わせるのですが8割ぐらいは断られます。タネはその地域で必要な量しか採らないので余剰がないんです。3年かけて作付けを増やしてもらってようやく販売できるという長期スパンでやっています。

 僕がタネを選ぶ基準は、より古くから大切にされている品種を選ぶようにすること。昔からあるということは、それを欲している人が一定数いて、それを途絶えさせずにきた歴史があるということですから、その事実が保証書になると思っています。いま販売用のタネは百数十種類、それ以外にデータベースとして収集しているものは千種類を超えています。

藤原 歴史研究者として歴史のあるタネを優先するという話に励まされたのは、いま政治や経済の中枢を担う人たちがすごく歴史を嫌うんです。今更掘り返すなと。でも、タネに限らずいま起こっている現象のあらゆるものは、何世代も前からのさまざまな交配のなかに文化としてあるわけです。それを否定していまを考えるからおかしなことになると思っています。私たちが本当に望んでいる未来像はどんなものなのか本質を考える必要があって、例えば、ある程度地位やお金のある人だけが有機野菜を食べられるなら、それはナチスの発想と同じです。本当に栄養豊富な野菜を食べる必要があるのは生活に困っている人たちのはずなのに、フードバンクや子ども食堂に集まる食品は大手企業の売れ残った食品になりがちです。そう考えると、食品ロスの問題とフードバンク、そして子ども食堂がもっと幸せな結びつき方をつくっていけるように皆さんと一緒に変えていけたらと思っています。

小林 僕も自分で育てた野菜を子ども食堂に持ち込んだりしています。タネ屋のお客さんの反応を見ていると、野菜を育てる人の幅が広がっている実感があります。はじめは伝統野菜が好きな人や意識の高い人が大量に買ってくれていましたが、最近はマンションの限られたスペースでもちょっと植えてみようという人や、学校からの注文も増えていてとても嬉しいです。一方で、タネを採る技術者不足で品種の継承ができないという危機的な状況があります。いま使われているタネのほとんどはF1といって、その親世代のタネ(交配元)を毎回交配させないと作れないので、交配元の原種、原原種をうまく採る人がいないと最新の品種も失われる可能性があります。

藤原 品種改良にどれだけの人が関わり、そのタネを採るのにどれだけの技能が必要かというタネが内包する歴史も感じてもらいたいですね。

失敗しながら、みんなで考えたい

藤原 私たちはたくさんの服を着て、電気を使って、携帯で誰とも繋がれて、なんと便利で素晴らしい時代に生きているんだろうかといつの間にか思い込んでいます。でも本当に進歩しているのでしょうか。明治時代に比べてすごく少ない種類の野菜や果物しか食べられない悲しい時代に生きているとも言えます。文明史のなかのタネの意義やタネの哲学を理解したら、いま種苗法改正や種子法廃止がもたらすものに対してどういう態度をとるべきか、各々が決められるはずです。

明治時代の種苗のカタログ。藤原さんも「ナスだけでこんなにあるんだ」と驚く。

小林 タネには一つひとつ品種改良してきた歴史も技術もマーケットの欲望もからんでいます。いいタネを採る人と欲しい人の間に入って、いい循環を生み出せたらいいなと思っています。タネには本源的なわくわく感があります。なぜうまくいくのかも、なぜうまくいかないのかも分からない。でもその分からないところも面白くて、何度やっても飽きないのもそういうところにあるのかなと。

藤原 私たちは失敗する快楽というか、失敗して次に向かおうとすることをしなくなりました。勉強でもそうですし、マニュアルが普及して、講演会でも「問題をどうやったら解決できますか」という問いが必ず会場からきます。でも、みんなで考えるためにこうやって集まっているんですよね。僕が一番危惧していたのは、小林宙さんを見て「こんな若い人がいるから未来は安心だ」というふうに皆さんが安心してしまうこと。彼はセンスがあって勇猛果敢にやってはいますが、逆流の中をただ泳いでいる普通の大学生ですから。

小林 そうですね。今日は話す立場なのでめちゃくちゃ頭を使っていますが、座っている方々もぜひちょっと頭を使っていただいて、同じ方向を見てすすんでいけたらと思います。

進行を務めたコープ自然派おおさか日下部理事

Table Vol.496(2023年12月)

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