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巻頭インタビュー

一汁一菜 土井善晴さんが考える「ちょうど ええ加減」

2002年に関西・四国の生協が集まり、コープ自然派事業連合が設立されて20周年を迎えました。
2023年12月3日、20周年を記念し、土井善晴さんを迎えて講演会を開催。土井さんは、食や暮らしの在り方を見直すことで、人間と自然のかかわりをつなぎ直そうと「一汁一菜」という食事のスタイルを提案しています。

2016年に出版された『一汁一菜でよいという提案』の扉ページには、「いちばん大切なのは、一生懸命、生活すること、一生懸命したことは、一番純粋なことであり、純粋であることは、もっとも美しく、尊いことです」と書かれています。
土井善晴| DOI Yoshiharu
2022年度[文化庁長官表彰]を受賞する。受賞理由は、一汁一菜という提案により、楽しみながら料理するきっかけを作ったこと。
料理研究家。大阪で生まれる。フランスでフランス料理を学び、帰国後、大阪で修行。1992年「おいしいもの研究所」設立。料理とは何か、人間はなぜ料理するのかなどを考え、大学や講演会などで伝える。2016年出版の『一汁一菜でよいという提案(新潮社)』が大きな話題となる。政治学者・中島岳志さんとの共著『料理と利他(ミシマ社)』『ええかげん論(ミシマ社)』はコロナ禍でオンラインを駆使して出版。近著『味つけはせんでええんです(ミシマ社)』など著書多数。

料理は地球とかかわる行いです

土井 今、とてもややこしい時代、どうやって生きていったらいいかわからない時代です。私はもう十分生きてきましたが、大事なのは未来、そればかり考えています。
 最近、電車や飛行機に乗ると、みなさん手元ばかりを見ていますが、私は車窓から見える自然の風景に見入ってしまいます。知っている作物が育っているのを見つけると、うれしくなります。都会で働く人をみると、土地から離れ、地に足がついていないんですね。コンピュータや宇宙もそうですが、自然と関わらない経済に気がいって、地球のことなんて忘れているでしょ。地球という私たちのかけがえのない住処を傷つけ壊してしまった、それが気候変動、環境危機ですね。地球で生きていることを忘れたら、自分が何者かってことがわからなくなります。地球という有限の世界で無限の進化は不可能だってわかるはずですね。
 人間は料理する動物です。人間は料理することで自然の大切さを意識して、自然とつながることができるんです。作物は未来の自分、人間は自然の一部です。それに、料理する人はオートマチックに家族のことを思う。経済人が言うように、料理がビジネスのコンテンツならば、「農業は食料」「料理とは栄養」でいいんです。であれば、食料は他国で作った輸入、料理なんかしなくても食べ物をお金で買ってくればいいんです。それでいいのですか?もしそんなことになったら、人間にとって一番大切なものを失ってしまう。それは私たちの文化そのものです。文化とは私たちの命を守るものなのです。だから、好き勝手にはできないのは、命と関わることだからです。
 私たちにとって、自然は神様であると信じてきました。日本の文化は豊かな自然を背景にして育まれてきたのです。嵐で川が氾濫してもじっと我慢していれば、豊かな恵みを与えてくれる自然は私たちを裏切ることはありません。しかし、ヨーロッパの人たちは自然は御しやすいものと考えてきました。ヨーロッパは植物の固有種が日本よりもゼロが一つ違うほど少ない。東アジアの孤島(日本)は、多様な生物が命を育む。ですから、ヨーロッパに雑草がないと言われ、日本の農業ほど手がかからないのです。そんなヨーロッパでは人間が自然をコントロールできると考えてきたのです。現代の日本人は西洋人の影響を受け、今では西洋の人のようなものの考え方をするようになってきました。だから己が何者であるかがわからなくなっているのです。

「ええ加減」とは自分で考えることです

土井 本日の講演タイトルの「ちょうど ええ加減」について。大阪育ちの私は子どもの頃から「ええ加減にしなさいよ」とよく叱られました。東京の人は「いいかげん」じゃなくて「良い加減」なんですねとか言いますが、そんなん、どちらでもいいんですね。「ええ加減」とは自分で考えて判断することです。日常的にたくさん無意識に判断しているでしょう。それもこれも、わからないことだって、自分で判断しているんです。その時しっかりいい判断ができるようにするには、己を知って、考えに基準を持つことです。
 「ああしたらこうなる」って、予定調和や設計主義が大流行りですが、それは、必ずしも正解ではありません。誰かが決めたことに従っているだけなんです。科学でわかることはごく一部、それよりももっと大きな自分の感受性で物事を決めたらいいのです。
 料理をするとき、私たちは素材のことを一番に考えて、天気や人の気持ち、体調、時間を考慮に入れて、何を作るか決めます。その結果の献立やレシピからものを考えると、当然、今という条件に合わないのです。あれがない、これがない、道具がない、時間がない、それに、レシピに頼った瞬間、感覚を使わなくなるのです。今あるもので料理すれば良い、それを実現してくれるのが「一汁一菜」です。あとは、食べたいものや食べさせてあげたいものを、気持ち、時間、お金に余裕があれば作ればいいのです。自分で考えて判断する。今できることをすればいいのです。それが暮らしの日常を磨くことになるのです。自立でもあります。

一汁一菜は和食の基本スタイルです

土井 2016年に『一汁一菜でよいという提案』を上梓しました。ある意味、料理はしなくても良いと言っているのですから、料理研究家としてこんな本を出したら仕事がなくなるのではないかと思いました(笑)。ところが、共感してくれる人たちがたくさんいました。
 一汁一菜とは「ご飯・味噌汁・漬物」の食事です。ご飯は主食、発酵食品を使った味噌汁には、野菜や豆腐、油揚げ、肉、ソーセージ、何を入れても良いのです。具沢山にすれば、味噌汁はおかずの一品を兼ねるのです。漬物も発酵食品。一汁一菜は、毎日同じでも、決して食べ飽きることなんてありません。なぜかって、それは人間が作ったものじゃなくて、自然が作ったおいしさだからです。味噌汁は熱くても、冷たくても、濃くっても、薄くっても全部おいしい。人の力ではおいしくすることもまずくすることもできません。
 一人暮らしでも、一汁一菜で、料理して食べることができます。自分で料理して食べれば、何よりも自分を大切にすることができるのです。そして、時々おかずをつければいい、何か良いもの(食材)が目に入れば、それを5つの調理法の中から選んで作ればいい。毎日一汁一菜、毎日味噌汁だと思っている家族に、秋刀魚の焼き物がつけば、みんな大喜びするでしょう(笑)。一汁一菜以上の料理はすこぶる気分の良い時にすればいいのです。一汁一菜は決して手抜きではありません。めんどうくさいと思わないこと。集中して黙って作ることです。そうすれば料理は楽しくなるのです。

丁寧にきれいに整えることは大事です

土井 大事なことはきれいに整えること。一汁一菜もそうですが、簡単なことを丁寧にすることです。丁寧にするというのは集中することです。洗い物だって集中すれば面白くなります。お皿を洗ったり、お椀を洗っている。表を洗う、裏を洗う、水ですすぐというように自分のしていることを頭の中で実況すればいい。テレビを観たいと思って洗うと、心ここに在らずになるでしょう。すると、今という時間がとても嫌なものになるのです。心を体の中に留める。そうするといろんなことが変わってきますよ。まったく違う世界が生まれます。
 持っているいい器は、隠しておかないでちゃんと使えばいいですね。楽しむことです。器は料理の衣装です。おいしそうに見えることは心を喜ばせてくれるのです。器同士の関係が大事だから、こっちの方がいいかなって、それをちゃんと選ぶことです。場違いなものはいくらいいものでも美しく見えません。器を取り合わせるのも、洋服のコーディネートも同じです。

具だくさんの味噌汁があればいいんです

土井 (1枚の写真を示して)これはある日の私一人の食事です。具沢山の味噌汁。この日ははフキノトウの入った卵焼きを味噌汁に入れています。お湯を沸かして、味噌を溶いたら、味噌汁です。煮干しが入ってなくてもいいんです。今年の夏は暑くて、味噌汁に梅干しを入れて毎日飲んでいました。梅干しと同じくらいのお味噌を入れて湯で溶くだけです。これがとてもおいしい。
 毎回違う味になり、中くらいの時もあれば、びっくりするほどおいしくできることもあります。入れるもので全然違うものになるので味噌汁には無限の変化があります。おいしいとかまずいとかは大きな問題ではないことがわかります。未知の世界で、違いに気づくことが大事なのです。
 味噌汁の基本の作り方は、お椀いっぱいの具にお椀いっぱいの水(八分目くらい)を鍋に入れて、火にかけて煮立てば、味噌を溶いて、少し煮てなじめば出来上がり。これだけのことなので、きちんと教われば、小学3・4年生くらいにもなればできるでしょう。今、東京には5人に1人の子が家に帰っても食事がないと聞きます。子どもだって、ご飯を炊いて、味噌汁を作って食べられる。同じ境遇の友だちに「うちで味噌汁作るからおいでよ」と誘えば、子どもだって人を幸せにできる。料理ってすごいですね。
 うちでは味噌汁は出来立て、炊き立てのご飯をおむすびにして梅干しを入れて、漬物をつければ出来上がり。わが家でも仕事をしている時は、一汁一菜なんですね。それで十分。それに料理しなくてもおいしく食べられるものは、伝統食品の中にいくらでもあるでしょう。納豆も豆腐も、油揚げを焼いてしょうがをおろしてもいい。天ぷら(さつま揚げ)に大根おろし。大根おろしにちりめんじゃこ。ご飯に味噌をのせればおかずになります。

味つけも出汁もいらないです

土井 最近、『味つけはせんでええんです』(ミシマ社)という本を書きました。現代人は味つけすることが料理だと思っているんですね。だからレシピレシピって言うのです。味つけが料理になるから、「薄い」とか「しょっぱい」とか、食べる人が評価者になるんです。昔のように、ただ焼いたものでいいんです、食べる人が味を好きに整えて、食べればいいのです。それがもともとの和食の食べ方です。冷奴なら自分で醤油かけて食べるでしょう。それでいいのです。味つけが料理になると、表現者と観客の関係ができて、料理する人に責任が生まれる。だから、おいしいかどうかが心配になる。それって余計なことなんです。味つけするのはレストランなどプロの人の仕事で、家庭ではそれぞれ好きなように食べる人が味つけして食べるものなんです。
 味噌汁だって、出汁がないと作れないと思っている人が多いでしょう。それは料理屋的な発想で、家庭では出汁というのは贅沢なことなんです。料理屋がそうするから、料理屋に憧れているだけで。具沢山の味噌汁も出汁は一切いらないのです。それはフランスでも中国でも同じです。50年くらい前の父のレシピでは、切り干し大根を炊くのも出汁をとって、さらに油で炒めて炊いていたんです。今ではその背景も料理も贅沢になって、時代が変わっているのです。私は油揚げを入れるだけ、出汁も油も使わない。敗戦後、日本人もしっかり脂肪やタンパク質を摂って西洋人並みに体を大きくしようと考えました。私が子どもの頃「米を食べたらバカになる」と唱えたアホな学者がいたんです。カロリーをたくさん摂らせるためにフライパン運動が1956年頃に全国各地で行われて、何でも油を使うという調理方法を広めたのです。それが今でも続いています。そもそも和食には、肉か魚かというメインディッシュという概念はなくて、和食には副菜を兼ねた主菜、主菜を兼ねた副菜になるのです。
 私たちの生活には、ハレとケがあります。ハレとは、お祭りやお正月、お祝いなど特別な日のこと、ケは日常です。含め煮はハレ、煮ころがしはケですね。含め煮は改まったお酒のある席やお正月のお料理です。それを料理屋ではお客様に出すわけです。芋の煮ころがしは、芋の味がして、毎年新芋の季節に何度も作るものです。ハレの料理は、本来は人間が食べるのではなく、神様のお供え用に作られてきたもの。だから、芋をきれいな姿に六方にむいて、米の研ぎ汁で柔らかくゆがいて、水洗いして、たっぷりの出汁で煮含める。ハレの芋の含め煮は芋のおいしさも芋の持ち味も栄養も捨ててしまって、神様のためにただきれいにするのです。それがハレの料理です。

料理することが大事なのです

土井 食事とは食べることだと考えておられないでしょうか、そうなるとおいしいかおいしくないかになる。食事とは料理して食べることです。私は食べることよりも、料理するほうが大事だと思っています。
 人間は料理する動物です。料理して人間になったのです。自然の食材を料理して食べるという関係に情緒が生まれる。それを毎日繰り返し経験して、子どもたちの感性が磨かれ、想像力が育まれ、認知力を日常的に育んでいくのです。そして、何より子どもに安心できる居場所を作るのです。安心が心の土台になって、自信になるのです。何を食べるかで、人間ができる、安心できる、自信が持てるというのが人間の誇りです。それが本当の自己肯定感なのです。
 おなかがすけば機嫌が悪くなり、酒を飲めば酔っ払う。肉体と精神が平衡しています。お腹をすかしてデパ地下に行けばつい、食べきれないものを買ってしまうでしょう。だから食べる人というのは冷静ではないのです。食べるだけの人に大切な食事を任せるわけにはいかないのです。食べる人はこれまでたいていは男でしょう。だから、女性がこれまでどれほど頑張ってきたかがわかります。男だけならとっくに地球は終わっていたでしょう(笑)。「料理する人」はいつも冷静。それは食べる人のこと、家族を思う心が強くあるからです。料理すると自動的に食べる人のことを思うのです。自然と家族を思うのです。一人暮らしで、料理して食べれば、何より自分を大切にすることになるのです。料理する人を大切にしてください。料理する人を守ってください。料理は自然とともに生き、春夏秋冬の移ろいに気づく楽しさがあります。料理は自分の問題です。やりたいと思えば今日からすぐにできることです。きっといいことがありますよ。

コープ自然派事業連合20周年記念講演では会場は満席、やわらかくてユーモラスな語り口の土井善晴さんのお話に400人以上の参加者が聴き入り、質疑応答も行われました。

Table Vol.498(2024年2月)

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