著書やメディアを通して食や農の未来に警鐘を鳴らし続ける鈴木宣弘さん。2022年8月、朝日新聞は「国際的物流停止による世界の餓死者が日本に集中する」という衝撃的な研究成果を報じました。食料危機が迫るなか、農を支え、食を守るために具体的に何をすべきかを鈴木さんに聴きました。
鈴木宣弘 | SUZUKI Nobuhiro 東京大学大学院農学生命研究所教授。三重県志摩市出身。東京大学農学部卒業後、農林水産省に約15年間勤務した後、学界へ転じる。主な著書に『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書2021年)、『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文春新書2013年)、『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書2022年)などがある。
いよいよ迫る!食料危機
───今、日本にはかつてない規模の食料危機が迫っているということですが。
鈴木 コロナショックは世界中の物流に大きな影響を与えました。日本にとってさらに深刻なのは食料の生産資材が入ってこなくなったこと。生産資材とは農機具のほか、人手や肥料、タネ、ヒナなど農産物の生産要素全般です。日本の野菜自給率は80%ですが、タネの90%を輸入しているので真の自給率は8%、しかも種はF1で一代限り。鶏の卵の自給率は97%ですが、飼料のトウモロコシは100%を輸入し、ヒナもほとんど輸入に頼っています。
中国の「爆買い」による影響も深刻で、中国のトウモロコシ輸入量は2016年に比べて約10倍、大豆は現在約1億トンを輸入しています。日本は大豆消費量の約94%を輸入しているものの、せいぜい300万トンなので、買い負けというレベルではありません。日本の商社が自在に買い付けできる状況ではなくなりました。世界の物流を支えるコンテナ船は取扱量の少ない日本経由の路線を敬遠し始め、輸入品を日本まで運んでもらうための海上運賃が高騰しています。
また、異常気象が常態になり、世界のどこかで干ばつや洪水が多発しています。そしてウクライナ紛争がとどめを刺しました。ウクライナは穀倉地帯で、小麦の輸出はロシアとウクライナが世界の約3割を占めています。世界第2位の小麦生産地であるインドをはじめ自国を守るために輸出を停止・規制する国が増えています。
今、日本でもっとも深刻なのは化学肥料の高騰です。化学肥料の原料となるリンとカリウムはほぼ100%、尿素は約96%を輸入しています。これまでリンと尿素は中国を頼りにしていましたが、中国では国内需要が増加して原料の輸出規制を始めています。また、カリウムの多くを頼っていたロシアとベラルーシは「敵国」日本への輸出制限を行っています。すでにものによっては配合肥料が製造できなくなり、このような状況が続けば慣行農業が成り立たなくなってしまいます。
───日本はなぜこんなに食料自給率が低くなったのでしょうか。
鈴木 2020年度の食料自給率は約37%(カロリーベース)ですが、タネや肥料、ヒナなどを考慮した実質的自給率は10%あるかないかです。これほど事態は深刻なのにあまり懸念する声が聞かれず、食生活の変化によるものだから仕方ないといった考え方が行き渡っているようです。
しかし、日本の食料自給率が下がった最大要因は、貿易自由化と食生活改変政策です。自動車などの関税撤廃を勝ち取るために、農産物の関税引き下げと輸入枠の設定を日本の農業は強要されてきました。
第二次世界大戦後、アメリカは日本を自国の農産物の一大消費地にしようと、食生活改変を図りました。1958年には「米を食うとバカになる」という主張が掲載された本が出版され、「食生活を改善する」という洗脳教育が行われました。
農林水産予算は1970年には約1兆円で防衛予算の2倍程度でしたが、現在、農林水産予算は約2兆円で、防衛予算は当時の約20倍以上になっています。食料をないがしろにして軍備増強などとんでもない。命を守る食料に対してしっかりした国家戦略を立てるべきです。
危機に瀕する日本の農業
───NHKクローズアップ現代「酪農の危機」でも日本の農業の苦しい状況が取り上げられましたね。
鈴木 今、酪農家の98%は赤字経営です。かつてバターが足りないと大騒ぎになったとき、政府は補助金を出して増産を推進、酪農家はローンを組んで増産しました。ところが軌道に乗って牛乳が余ってくるとその責任を酪農家に負わせています。農家はローンを抱えていてやめたくてもやめられなくて自殺者が相次いでいます。
米農家も同様で米価は下落し続け、現在、1俵(約60キロ)9000円程度ですが、肥料は2倍近く、燃料は4割高とコストがどんどん上がり、生産コストが1万5000円程度で大赤字です。しかし、政府は米も牛乳も余っている、脱脂粉乳の在庫も余っている。だから価格は上げられない、米をつくるな、牛乳を絞るな、牛を4万頭殺せ、と言っているのです。米以外の作物に転作する支援として出していた交付金も打ち切られてもう作るものがないと農家は悲鳴をあげています。
他の国々では余った食料を政府が買い上げ、フードバンクなどに供給して需要増加に財政支出しています。それなのに日本では牛1頭殺せば15万円〜20万円支払うなど米国の圧力もあって生産量を落とすためにお金まで出しているのです。しかも、政府は最低輸入義務として米77万トン、乳製品14万トンを輸入しています。そのうちアメリカから米を1俵3万円で36万トン輸入し、売れない分は飼料にまわしてその差額は税金で負担しています。
政府の釈明会見で「なぜ牛を殺させるのか」と質問されると、「牛を殺すと言ったのは酪農家だ、それをお金出して助けている」と答弁。また、「国際的な義務ではないのになぜ米や乳製品の輸入を続けるのか」との質問には、「メーカーがほしいと言っているから」と。さらに農林水産大臣は「輸入が多い日本が輸入を減らすと信頼をなくしてこれから売ってくれなくると困るから」と言っています。
2022年11月30日、農水省前で千葉県の酪農家が子牛とともに悲痛な思いを訴えました。「来年3月までに9割の酪農家が消えてしまうかもしれません。…牛乳が飲めなくります。…酪農が壊滅すれば、それに関連する多くの人たちが仕事を失います。みなさんにお詫びします」と。私たちはこの訴えを自分事として受け止めなければならないと思います。
───アメリカは日本に圧力をかける一方で国内では徹底的に農家を保護していますね。
鈴木 アメリカは輸出向けに安く販売した価格と農家への支払いの差額に約1兆円、農業予算の64%を消費者支援に使っています。所得に応じて月7万円まで食料を買えるよう支給し、その総額は約10兆円です。命を守り、環境を守り国土を守る産業をみんなが守るのは世界の常識です。日本よりははるかに守られているヨーロッパの農家は暴動を起こしています。オランダでは農家と市民が新しい政党をつくり上院で第一党になりました。世界でもっとも過酷な状況に置かれている日本の農家はあまりにも我慢強い。消費者も農民ももっと怒ってもいいのではないでしょうか。
脅かされる食の安全性
───輸入食品の安全性についてはさまざまな問題があります。
鈴木 アメリカやヨーロッパでは発がんリスクのある成長ホルモンを使用しない牛肉の需要が高まっています。一方、日本では日米貿易協定が発効した2020年1月だけで成長ホルモンを使用したアメリカ産牛肉が同年同月比1.5倍に増えています。アメリカやヨーロッパではホルモンフリー化する一方で、本国で売れなくなった牛肉は日本に輸出するという構図が生まれています。
また、農水省が2017年に行った調査では輸入小麦のうち、アメリカ産の97%、カナダ産の100%からグリホサートを検出。グリホサートはもともと遺伝子組み換え作物とセットになった農薬で、発がん性の疑いが指摘されていますが、日本への輸出用として収穫前に乾燥させるために小麦に散布されています。EUは予防原則で規制をどんどん厳しくし、EUに売りたい国はそれに呼応しています。中国はいち早く対応してEUへの輸出は世界一です。世界各国で規制が始まっているのに逆行し、日本は2017年に残留基準値を大幅に緩和しました。気が付けば、日本の農薬基準は世界でもっとも緩く、禁止農薬はもっとも少なくなっていました。食の安全について日本の消費者はもっと真剣に考え、闘うべきではないでしょうか。
さらに、この4月から遺伝子組み換え表示ができなくなりました。また、日本政府はゲノム編集食品を安全審査の必要なし・届け出は任意として完全に野放し状態にしています。
食と農の未来をつくろう
───日本は「みどりの食料システム戦略」で起死回生を図ろうとしています。
鈴木 現在0.6%の有機栽培面積を2050年までに25%(100万ha)に拡大するという方針を掲げています。早くから減農薬・減化学肥料栽培などに取り組んできた方々にようやく時代が追いついてきたということですね。
ただ、遺伝子操作やゲノム編集を有機栽培にもOKとする懸念もあります。スマート技術で目標を達成するとしていますが、それは違うのではないでしょうか。優れた農法はすでに存在し、その展開に力を入れることこそが大切です。
───学校給食に地元産の安全・安心な農産物を供給しようという動きが各地で始まっています。
鈴木 学校給食に有機米・野菜を使うことは有機農業の拡大にとって有効です。また、地元の安全でおいしい有機農作物は子どもたちの健康を守ります。千葉県いすみ市では市長の尽力で学校給食に地元の有機米を使っています。もともと地元には有機米はまったくなかったのを農家の研修から始めました。通常は2022年だと1俵9000円のところをいすみ市は1俵2万円4000円で買い取ることで有機農業が一気に普及し、市内の学校給食はすべて有機米になりました。いすみ市の負担は500万円〜700万円だということですが、自治体が補助することで農家は頑張り、子どもたちは健康になります。
それに触発されて京都府亀岡市長は1俵4万8000円で買い取ると宣言。明石前市長への評価は賛否両論ですが、子どものための予算を2倍にしたら出生率が上がり、人口も増え、商店街が活性化して税収も増えたという実績があります。
───消費者としてどんなことができるでしょうか。
鈴木 ホンモノをつくってくれる生産者とホンモノを理解する消費者のネットワークを強化し発信することが大切です。各地でさまざまな農法が生み出され、慣行栽培から有機栽培に転換できたという実績も公表されています。有機農業や自然栽培の限界と指摘されるのは収量の減少や草取り労働の大変さなどですが、JA東とくしまとコープ自然派の協同組合間連携で取り組むBLOF理論(生態調和型農業理論)に基づく農法では「高品質・多収穫・高栄養」「抑草」を実現。価格転嫁は大きな課題ですが、農家からはより高く、消費者にはより適正な価格で良い品質のものを届け、大手の不当な生産流通から農家と消費者を守るのは協同組合の役割です。
───食や農を守る運動をもっと多くの人に知らせたいです。
鈴木 最近はSNSも効果的だし、市民組織や生協の活動も大切です。私も財団をつくって活動しています。全国津々浦々の小さなグループで情報共有し、さらに、ローカルフード法制定などによって、地域の種からつくる循環型食料自給システム形成を政府がもっと支援していく必要があります。
江戸時代は鎖国政策でものが入らず自給率100%でした。国内の資源を循環させて循環農法や循環経済を形成していたのです。今こそこういう素晴らしい農業や経済を思い出すべきときです。過酷な状況にさらされながら各地で頑張ってこられた日本の農家のみなさんの踏ん張りは希望の光です。消費者のみなさんもできる限り現地に足を運び、交流を深めて食と農の未来をつくっていきましょう。
Table Vol.493(2023年9月)