羽ばたくコウノトリ

「コウノトリもすめるまちづくり」を合言葉に循環型農業への取り組みをすすめてきた兵庫県豊岡市。
劇作家・平田オリザさんと豊岡市長・中貝宗治さんの出会いによって、いま、豊岡市はアートが息づくまちとして世界的に注目を集めています。
NPO自然派食育・きちんときほんは設立10周年を記念して、平田オリザさんと中貝市長の対談を企画、「小さな世界都市」・豊岡市がつくり出す物語について2人は熱く語りました。
オンラインでは3回に分けてその模様をお伝えします。

1.「コウノトリもすめる」まちづくりへ

「コウノトリ育む農法」

豊岡市・中貝宗治市長

中貝 1971年、日本各地にいたコウノトリが絶滅しました。とどめを刺したのは農薬です。1965年から豊岡市ではコウノトリの人工授精を始めましたが、24年間1羽も孵化せず、待望のヒナが誕生したのは25年目、1989年の春でした。2005年には豊岡でコウノトリが放鳥され、現在、日本中8つの町で184羽のコウノトリが自由に空を飛んでいます。人工飼育開始から55年、保護活動開始から65年、長い時間と膨大なエネルギーと多額の費用を要しました。

 なぜ、こんなにして豊岡市ではコウノトリを再生させようとするのか。その最大の願いは「コウノトリもすめる豊かな環境」を再びつくりたいと願ったからです。コウノトリは肉食の大型の鳥で、野生で暮らすには膨大な量と種類の生きものの存在が必要です。そんな豊かな自然環境は人間にとっても豊かな環境です。

 しかし、どんなに自然環境が豊かになっても、コウノトリが近くにいることが素敵だと思える文化がなければコウノトリはすめません。コウノトリもすめる豊かな自然環境と文化環境をこの地に取り戻そうというのが豊岡市の願いです。

 そのためにはさまざまな努力が必要です。まず、コウノトリがエサを得られるよう豊かな湿地生態系を取り戻さなければなりません。ポイントは田んぼと水路と川、そして、そのネットワークです。休耕田には1年中水を張りました。そして、農薬や化学肥料に頼らない「コウノトリ育む農法」に取り組みました。この農法を広げるには消費者の理解とブランド化が必要です。

 市内の新田小学校の子どもたちは「コウノトリ育む農法」について学び、この農法を広げるには消費を広げることだと、学校給食に「コウノトリ育むお米」を使ってほしいと私のところに来ました。子どもたちは消費が増えれば生産が増え、環境が良くなると考えたのです。私は学校給食に「コウノトリ育むお米」を使うことを約束しました。2007年の3月でした。それから少しずつ増やし、現在、豊岡市内の学校給食のお米は5日間すべて「コウノトリ育むお米」を使っています。それだけで1年間の消費量は茶碗129万杯分、作付面積で23ha増えたことになります。「コウノトリ育むお米」の田んぼには実にさまざまな生きものたちが棲息していることを多くの方たちにぜひ見ていただきたいです。

 

演劇活動への想い

平田 私は大学時代に劇団を立ち上げ、就職もせず演劇活動を続けてきました。一方で、父親が東京・駒場で持っていた劇場の支配人を20代から務めていました。地方の小劇場や劇団との付き合いもあり、劇場の役割を考えました。海外では劇場は演劇をつくる場であり、交流し、作品について議論をする場です。そういう劇場を日本に増やしたい、劇場文化をつくりたいとの思いで活動を続けてきました。

 地方をまわると地方がどんどん衰退し画一化していく様子を目の当たりにします。いろいろな人たちが知恵を出し合いましたが、うまくいっていません。その理由は何かと若い人たちに聞くと「地元はつまらない」「東京や大阪の方が刺激がある」と言います。地方に来ない理由として医療・教育・文化に対する不安があり、広い意味での文化・居場所づくりが必要です。(②に続く。次回はいよいよ対談です。)

劇作家・平田オリザさん

Table Vol.422(2020年8月)