2023年5月9日、OKシードプロジェクトは放射線育種米学習会を開催。講師は分子生物学者、遺伝子組み換え食品を考える中部の会代表、NPO法人チェルノブイリ救援・中部理事の河田昌東(かわた・まさはる)さんです。
放射線育種によるカドミウム低吸収性品種
放射線育種とは、種子に放射線を照射して、遺伝子を破壊し人工的に突然変異を起こして新品種を作る技術です。「コシヒカリ環1号」(以下環1号)は、放射線の一種であるイオンビームを照射しカドミウムとマンガンの吸収に関わる遺伝子OsNram5を破壊し、有害な重金属カドミウムがお米にほとんど吸収されない性質をもたせた新品種で、2015年に品種登録されました。今この「環1号」や、これを「あきたこまち」と掛け合わせてつくった「あきたこまちR」をカドミウムによるお米の汚染を避ける方法として従来の品種から全面的に切り替えるという計画が進められています。
カドミウム汚染対策として全面的に使用?
四大公害病の一つ「イタイイタイ病」は、1910年〜1970年代、富山県で鉱山から出たカドミウムに汚染された食べ物が体内に入ることで引き起こされました。鉱山や火山の多い日本列島は全国各地にカドミウム高濃度汚染地域があります。農地のカドミウム汚染を減らす事業は1970年から実施され、現在は高濃度汚染地域は少なくなりました。基準を超えるカドミウム汚染米の発生量は概ね0.3%以下といわれています。カドミウム汚染地域の低減対策は進んでいるのに、なぜ全面的にカドミウム低吸収品種に切り替える必要があるのか疑問です。また、カドミウム低吸収性稲は植物の成長に必須の元素であるマンガンも吸収しにくくなります。
イオンビーム照射で何が起こるのか
日本初の実用化された放射線育種作物は、1966年に品種登録されたお米「レイメイ(黎明)」です。ガンマ線でつくり出した突然変異を利用して従来のものより背丈が短く倒伏しにくくした品種です。その後、放射線育種による品種は増え続け320品種以上といわれ、お米が131品種と多数を占めています。
これまでの放射線育種にはコバルト60が出すガンマ線が使用されてきました。しかし、「環1号」では加速器によるイオンビームが使われています。ガンマ線照射では細胞内分子の切断や遺伝子(DNA)の損傷が起きますが、散発的な損傷です。他方、イオンビームはガンマ線に比べて高いエネルギーを持っているため、DNAの2本鎖を切断してしまうほどDNAの損傷は強力で集中的です。遺伝子の2本鎖切断の修復は複雑で修復ミスが生じることになり、DNAの大規模な欠損、未知のタンパク質ができるリスクや遺伝子の変異が起こる可能性があります。河田さんは「比喩的にいえば、ガンマ線が小銃の玉とすれば、イオンビームは大砲の玉」と話します。
遺伝子操作しなくてもカドミウム低集積イネはつくれる
岡山大学の馬建鋒(ま・けんぼう)教授は、カドミウムとマンガンの吸収にはOsNram5という遺伝子が関与していることを突き止めました。さらに、世界中のイネ品種の中からOsNram5が重複して2倍になっている品種「Pokkali(ポッカリ)」を見いだしました。これはインドで3200年前から栽培されていた在来品種で、カドミウムは根で吸収し茎にはほぼ移行しません。ちなみに「環1号」はOsNram5遺伝子の機能を失ったものです。
「イオンビームによる品種よりも、Pokkaliを活かした品種を進めていく方が、日本の食の未来にとってふさわしいのではないでしょうか。」とOKシードプロジェクト事務局長の印鑰智哉(いんやく・ともや)さんは話しました。
Table Vol.492(2023年8月)