2023年1月20日(金)、生活協同組合連合会アイチョイスとコープ自然派事業連合の共催で第8回生産者消費者討論会を開催、生産者と消費者、農業関係者などが大いに語り合いました。
基調講演は食・農の研究を専門とする藤原辰史さん(京都大学人文科学研究所准教授)。オンラインTableでは講演内容の一部を紹介します。
ナチスの有機農業とは
藤原さんは食や農業の観点から歴史をとらえ直すことをテーマにこれまで14冊の本を出版。2006年には『ナチス・ドイツの有機農業』を出版しました。ナチスとはアードルフ・ヒトラーを党首に1933年から第二次世界大戦までドイツを支配した国民社会主義ドイツ労働党の略称。ナチスが目ざしたのは食の自給でした。なぜなら政権取得の13年前には自給率70%だったドイツは中立国からの食の輸入をイギリスに妨害されたことが一因となって敗戦。その結果、76万人の餓死者を出し、その半数は子どもたちでした。この反省から飢えない国をつくることは国民共通の課題でしたが、大半の政党は農業より工業を優先し、食への危機感が政治に反映されませんでした。
1929年10月、ニューヨーク株価が大暴落し、世界各国で恐慌が発生しました。そのとき、農業を国の中枢に位置づけたのはナチスでした。ナチスは農民たちの支持を得てその後13年間政権を掌握。有機農業については党内で賛否が分かれましたが、熱心な人たちによって研究が続けられました。ナチスにとって有機農業とは国民が健康になるための手段でした。健康な子を産み、やがて立派な兵士にという願いから有機農業を推進。さらに、有機農業による恩恵はドイツ人、優秀なアーリア人種だけが享受できると考えました。ナチスはユダヤ人やスラブ人、ジプシー、身体障がい者、精神障がい者などを差別する構造を持ち、排外主義と有機農業は深く結びついていました。
生態系における食の概念
「有機農業を推進するのは、家族や国民の健康のため、あるいは消費者の安心・安全のため、さらに自給自足を最終目標とするからでしょうか。確かにこれらは重要ですが、果たしてその程度の目標で良いのでしょうか。また、健康や安全という概念は一歩間違えば差別や分断を生みます。有機農業を普及していかなくてはならないと私が考えるのは暴力に覆われているこの世界を根源から変えるためです。まして日本は世界で初めて甚大な有機水銀の公害を起こした国なのですから」と藤原さん。食をめぐる暴力あるいは食の不公平のしくみを藤原さんは「食権力」と呼び、「食権力」から脱出する突破口を考えたいと話します。
そこで、食の概念について考えます。最近の研究では食の概念は医学と農学、さらに生態学を学ばなければわからないと言われています。生態系は「生産者」「消費者」「分解者」の三要素で構成され、「生産者」は太陽光と水と二酸化炭素を利用し光合成を行ってでんぷんをつくる植物です。「消費者」は植物(生産者)を食べる草食動物あるいは草食動物を食べる動物です。「分解者」は生物の死骸や排泄物を食べて排出し、これを限りなく分解して水とミネラルを供給、再び生産者に返します。「分解者」の役割はきわめて貴重なのですが、近年、危機に瀕しています。
「土壌は生きものと物質の混合状態で、微生物がしっかり働いていなければ機能しません。そう考えると農業という仕事は生産者のようですが、他方で生産者の仕事を助けます。また、土壌を住み心地の良い場所にして分解を手助けします。そして、その過程で得た植物を私たちがいただいているのです。このように有機農業を行うことは広い視野で世界を見ることです。現在、人間がやっていることはこの循環を壊すことばかりです。腸内の微生物を抗生物質で殺してバランスを変えたり、家畜に抗生物質を投与したりしています」と藤原さんは話します。
基調講演「私たちが目ざす国産オーガニックとは」後編につづく
Vol.483(2023年3月)より
一部修正・加筆