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くらしと社会

福島原発事故から12年

2011年3月11日は東日本大震災、そして福島原発事故が起きた日です。12年を経たこの日、各地では脱原発を訴える集会やデモが行われ、コープ自然派組合員・役職員も多数参加しました。

原発回帰へ方向転換

 福島原発事故から12年、京都では「バイバイ原発3.11きょうと」(コープ自然派京都賛同)が行われました。最初の講演は経済学者・大島堅一さんの「原発は、もう、時代遅れだ」。福島原発は未だ後始末をしている状態で原子炉そのものは事故時と変わらず、数万人が避難したままです。そんななか、2022年7月、GX実行会議で岸田首相は突然、原発回帰を打ち出しました。そして、8月、柏崎・刈羽原発6.7号機、島根原発2機、東海第二原発の再稼働、運転期間を60年に延長、さらに「次世代革新原子炉」開発を発表しました。「電力が足りない」「電気料金が高くなる」という不安を受けてということですが、原発の安全確保には多額の費用を要すると大島さん。福島原発事故まで原発は50基稼働していて現在は10基のみ、かつて原発の電力は30%だったのが今は5%です。

講師の大島堅一さん(龍谷大学教授)は原発をゴリ押しする方向性について反対の声が大きく上がらないことに危機感を抱いています。

 では、なぜ、原発回帰へ舵を切ったのか。それは、瀕死の原子力産業を「国の責務」として救済するためだと大島さん。そのために「原子力基本法」を改悪し、原発再稼働の決を「原子力規制委員会」から「経産省」に変更しようとしています。また、「次世代革新原子炉」開発に1兆円を予算化していますが、かつて日本で原子炉は開発された実績はなく極めて非現実的だと。大島さんは原発回帰への流れに反対の声を上げようと訴えました。

原発収束作業で白血病に

 続いて、あらかぶさんの講演「福島原発で働いて白血病に」。東日本大震災による津波で流された子どもの映像を見て、その衝撃から東北の人たちの力になりたいと仲間を募り福島原発処理作業に参加、3年後に白血病を発症しました。その間の下請け労働者の過酷な環境や情報隠しなどについてもあらかぶさんは明らかにします。2015年、原発事故収束作業に伴う白血病発症では初となる労災が認められました。しかし、「当社はコメントする立場にない」と見舞いの一言すらない東京電力。2016年、あらかぶさんは裁判に立ち上がりました。そして今、あらかぶさんは「原発はいらない」と断言します。

 原発賠償京都訴訟原告団のリレーアピールは、事故後、京都へ自主避難し、その後の避難生活での苦しさなどを一人ひとり話します。その間に住宅手当が打ち切られ、さらに苦悩は続きます。しかし、仲間や支援者たちとともに最高裁勝利までがんばると力強くアピールしました。

子どもたちが訴えた裁判

 3月5日(日)、大阪では「さよなら原発 関西アクション〜原発やめて!核燃料サイクル中止〜」が行われました(コープ自然派おおさか・コープ自然派兵庫賛同)。白石草さんの講演「誰にも言えなかった甲状腺ガン患者の真実」では、「3.11子ども甲状腺がん裁判」の現状が語られました。2022年1月27日、福島原発事故当時、6歳から16歳だった福島県民6人が甲状腺がんを発症したのは事故に伴う被ばくによるものだと東京電力に損害賠償を求めて提訴(9月に女性1人が追加提訴)しています。

子どもたちが声を上げなければならない現状を憂う白石草さん(OurPlanet-TV代表)。

 チェルノブイリ原発事故後、小児の多数にがんが見つかり、国際機関は原発事故とがんの因果関係を認め、福島県でも保護者の不安解消などを目的に検査を開始。原発事故当時18歳以下の福島県民38万人を対象に甲状腺検査が行われています。2年ごとに検査し、現在5巡目。昨年12月に公表された結果は、296人が甲状腺がんと診断され、手術を終えた人が237人、集計されていない人が50人以上いるので、実際は300人以上が甲状腺がんと診断されています。甲状腺がんは15歳以下は100万人に1〜2人、20歳以下でも100万人に2〜3人と極めて少ないのですが、「2014年に福島県において18歳以下の甲状腺がんが100人を超えて診断されている現状は、何らかの原因に基づく過剰発生か、将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している、いわゆる過剰診断かのいずれかと思われる」と第4回「甲状腺がん検査評価部会」は発表。その後、2015年に岡山大学・津田教授は、「2巡目で12倍の発生率が観察されているのは、放射線被ばく以外の原因で究明することは不可能である」と結論付けました。

 これを受けて、国際環境疫学学会は、2016年1月22日、日本政府に「被ばくした住民すべての体系的な検診をすべき」との書簡を送付。しかし、無視されたまま現在に至っています。また、5巡目に向けた福島県からの「甲状腺がん検査のお知らせ」では、「一生気づかずに過ごすかもしれない無害な甲状腺がんを診断・治療する可能性や治療に伴う合併症が発生する可能性も結節やのう胞が発見されることによる不安になるなど心への影響につながることなどが考えられる」と検査のメリットよりデメリットを強調する内容になっています。

 2018年12月までに手術を終えた180人の症例は、リンパ節転移8割、皮膜外湿潤多数、肺転移3例、低分化がん1例と重症例が極めて多く、再発例は16例です(2022年12月甲状腺学会)。原告は「内定取り消しになった」「仕事をやめた」「進学校をやめ、高校も中退」「1年間休学」「不登校」など、深刻な悩みや不安を抱えています。

 甲状腺がんが発症しても、日本では「過剰診断で見つかった」「被ばくの影響ではない」ということで声を上げられず、ほとんど報じられないので裁判については知られていません。これまで4回の口頭弁論が行われています。「原告の意見陳述はHPなどでぜひご覧ください。そして、周りの人たちに今日の話をぜひ伝えてください」と白石さんは訴えました。

集会後、大阪では天満橋から西梅田まで子どもたちを先頭にデモ行進。

子どもたちを守るために

 3月8日(水)は大阪地裁にて原発賠償関西訴訟第38回口頭弁論、3月9日(木)は原発賠償ひょうご訴訟第47回口頭弁論が行われました。いずれもコープ自然派組合員も原告団の1人として参加し、毎回、多くの組合員が傍聴に駆けつけています。

 原発賠償関西訴訟・報告集会では、福島原発事故から12年を経た原告の想いが語られました。原告団代表の森松明希子さんは、2011年、0歳と3歳の子を連れて関西に母子避難し、現在に至ります。「当時0歳だった子は生まれてからずっと避難生活を送っていることになります。被ばくしない権利を求めて1人でも闘おうと思っていましたが、12年間、さまざまな場でともに闘ってきた人たちがいたことに感謝するとともに希望を抱いています。自分は避難し、多くの人たちの支えで声を上げられましたが、避難できた子どもたちだけが被ばくから逃れられていいわけではありません。どの子もみんな被ばくから守られなければなりません。命と健康が守られることは憲法で保障されている基本的人権なのだから」と森松さん。そして、子どもたちを守るために原発に反対し、核に反対しようと力強く訴えました。

子どもたちを守るために闘うことを誓う森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)。

 郡山市から避難したSさんは「3月になると心が沈み、なぜ、自分がこんな思いをしなければならないのかという理不尽な気持ちを抱いてしまう」と。また、人生の半分以上が避難生活に費やされたという20代女性は、これから当事者として世に何を問うていくか見直さなければならない」と話しました。原発賠償関西訴訟は第48回口頭弁論(5月24日)からいよいよ本人尋問が始まります。

原発賠償京都訴訟原告団メンバーが壇上でアピール。
「バイバイ原発3.11きょうと」では、コープ自然派京都・坂本理事長も呼びかけ人に。
「バイバイ原発3.11きょうと」には、コープ自然派組合員・役職員が多数参加しました。

Vol.485(2023年4月)より
一部修正

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