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食と農と環境

第8回生産者消費者討論会② 基調講演「私たちが目ざす国産オーガニックとは」後編

2023年1月20日(金)、生活協同組合連合会アイチョイスとコープ自然派事業連合の共催で第8回生産者消費者討論会を開催、生産者と消費者、農業関係者などが大いに語り合いました。
基調講演は食・農の研究を専門とする藤原辰史さん(京都大学人文科学研究所准教授)。オンラインTableでは講演内容の一部を紹介します。

基調講演「私たちが目ざす国産オーガニックとは」前編はこちら

人と人をつなぐ食

 「食べること」は社会と密接に関係し、食を通じて人とつながっています。どんなに孤食であっても人とつながっていなければ食べものには到達しません。そもそも人間はみんなで協力して食べものを得て、火によって化学変化を起こして栄養価のあるものを食べてきました。そして、火を囲んでコミュニケーションをとりながら食べることが脳の発達に影響を与えます。これが他の霊長類と人間の違いです。

 また、昔から食べものは死者にお供えし、死者とともに食べることを行ってきました。このように食は自然に深く根ざしているだけでなく、人間をつなぐことにも深く関与しているのです。それにもかかわらず、いつのまにか孤食と黙食が多くなっています。

 そして、日本は子どもたちにとって希望のない社会になっています。自殺率は韓国の次に多く、19歳の若者で悩みを誰にも相談しないと答えた人は全体の20%、韓国の12%を大きく超えています。将来に希望がないと答えたのは40%で2位の韓国の17%を23%も超えています。2010の流行語大賞は「無縁社会」。イギリスの「孤独省」に次いで世界で2番目に「孤独・孤立対策担当大臣」が昨年2月に設置されました。私たちは「孤」という言葉に囲まれて暮らしています。さらに、稀にみる自然破壊にも囲まれています。こんなときこそ有機農業をすすめてきた人たちが力を発揮する時です。

食の生産過程と差別構造

 食権力、つまり食を通じて一方向的権力が発揮されてきた歴史を考える上で、2冊の本が重要です。1冊は1905年、アメリカのアプトン・シンクレアが書いた「ジャングル」という小説。彼はシカゴの巨大精肉産業に潜入して実態を暴きました。アメリカの食肉工場ではヨーロッパからの移民労働者が低賃金で働いていました。ストライキを起こせば即解雇、より低賃金の黒人労働者たちが雇われます。このように人種的な差別構造を食の生産過程に徹底的に導入していました。さらに肉工場ではネズミの死がいも牛の肉と同じところに置いてあり、缶詰には消毒液をかけた腐った肉を使っていたことが明らかになりました。この現状が当時の大統領の逆鱗に触れ「食品衛生法」を制定しましたが、労働問題には一切触れませんでした。それから100年後の2001年、エリック・シュローサーが『ファストフードの国』(邦題=『ファストフードが世界を食い尽くす』)ではファストフード生産過程における労働者の過酷な実態が明らかにされています。

 「オーガニックは労働者を大事にすることをどこまでイメージできるかにかかっているのではないでしょうか。速く・大量にという食品生産方法は必ず労働者に負荷を与えます。そのことを無視したオーガニック運動は意味がない。労働者を傷つけながら自分たちだけ健康になるのなら別の道を見つけた方が良い」と藤原さん。コロナ禍でドイツの食肉工場で真っ先にクラスターが発生、続いてシカゴの食肉工場でも発生しました。ドイツでは東欧の移民労働者をコロナ禍でありながら飛行機で輸送して働かせていたのです。

家庭科の時間を増やそう

 食は常に権力とかかわっていて、食権力のもっとも大きい問題は男性の女性に対する権力です。カトリーン・マルサルの『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か』という大ベストセラー本があります。世の中は経済学によって動いていて、経済学の祖であるアダム・スミスは「私たちが夕食のステーキにありつけるのは肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」と説いています。しかし、アダム・スミスの食事は母親がつくっていました。では、母親は善意ではなく利益のために食事をつくっていたのでしょうか。この本では家事、育児などの「ケア労働」は伝統な経済学で割り切れるのかという疑問が呈され、世界の女性たちに絶賛されました。

 「一方、経済学者の中でも優秀な人たちは違う経済学があると考えました。それが農業経済学と家政学です。家政学はホームエコノミクス、もともと家庭で扱うものを経済学に入れ、男性中心の経済学の転換を求めるものです。家政学から発生する家庭科の時間を小学校でもっと増やすべきだと私は主張しています」と藤原さん。さらに、男女の役割固定化も打破しなければならないと話します。

給食の可能性を追求

 このように人間関係や自然環境が崩れている状況下、私たちは何をすべきでしょうか。そのひとつの解決策として「エコロジカルな食」があります。牛のげっぷが地球温暖化の要因だということで、牛肉の代用品として牛の肝細胞からつくった培養肉が開発されました。「バイオ肉は大豆ミートとは違って生命の循環から外れた食べものです。自然環境には良いかもしれませんが、それで地球環境は救われるでしょうか。バイオ肉を食べられる人とそうでない人を分断し、何よりお金がかかるし、そもそも食べものではないと私は考えています」と藤原さん。そんななかで藤原さんは解決策として「給食」を提案します。

 学校でごはんをつくる、食べる、農業をするということの重要性を二十世紀の初頭に説いたのはアメリカの哲学者、ジョン・デューイでした。デューイの本を読んでいると、給食は単に子どもたちの貧困を救ったり、学校に子どもを通わせやすくしたりするだけではなく、学問全体の発達にとって良いことだとわかります。ジョン・デューイが提案する学校とは真ん中に図書館、その周りに織物室と大工の部屋と調理室を置くというものです。調理してはごはんを食べ、図書館に戻ることを繰り返しながら学問の基礎をつくっていくべきだと。しかし、日本の学問は大学入試を頂点とした競争に終わっていて、家庭科はどんどん削られています。給食の歴史を辿ると、戦後の食料不足を救うため、あるいは震災や台風時の炊き出し拠点として発展してきました。災害時に乳児や幼児が飢餓から免れたのは学校の調理室が機能したからです。

食を通してつながる活動

 貧困・差別もすべて暴力です。加害者が加害の意識なく、いつのまにかシステムとして動いて誰かを苦しめているという暴力。性差別や部落差別、低賃金も含めて差別を根本的になくしていくことが必要です。今、日本では非人道的な空間設計が行われています。ホームレスを排除するベンチ。回転率を上げるため勉強させないフードコートなど見栄えだけきれいにして人を排除する構造は人が集まってごはんを食べたり、くつろいだりできないよう設計されています。格差が進み、不寛容な空気が漂うなか、本当に豊かな社会とはどのようなものなのでしょうか。どうすれば社会を変えていけるのでしょうか。

 そこで、藤原さんは食を通じてつながろうとする人たちの活動を紹介します。阪急・淡路駅近くの「ばんざい東淡路」では1グラ1円で総菜を販売し、そこで食べることもできます。古いマンションが多い地域で、スーパーが撤退したあとの総菜屋です。総菜が余ったら冷蔵庫に入れ、それは誰が利用しても良いことになっています。子どもたちの宿題カフェもあります。夏休みに子どもたちがお手伝いすると食費は無料になり、子どもたちも参加しながら食べられる場所づくりを行っています。滋賀県の「なんちゃって滋賀県民集会」では食べもの劇を企画。ごはんが炊き終えるまで劇をしてフィナーレで炊きあがったごはんをみんなに配るというストーリーです。舞台芸術グループ「仕立て屋のサーカス」は自称18歳以下は無料、撮影・録音OK。全席自由で椅子に座るのも舞台に上がるのも飲み食いも自由。円形舞台なので観客同士の様子も見られます。京都のど真ん中で焚火をして食べものを焼いてみんなで食べようという会が芸術家の小山田徹さんが中心となって開催されました。食と火をつなぐという芸術活動で、地域の農家からさつまいもが提供されました。

 「食を通して人と人がつながり、できる限り化学肥料や農薬を使わず自然の力を借りて農業することで自然とも縁を結ぶことができます。みなさんの活動もそのひとつです。巨大な食権力からすればほんの小さな試みかもしれませんが、日本各地のみならず世界各地でさまざまな取り組みが行われています。世界の暴力に抗う手段としての国産オーガニック推進について根源的に考えていきましょう」と藤原さんは結びました。

Vol.483(2023年3月)より
一部修正・加筆

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