ロシア軍によるウクライナ侵攻が開始されて約半年、この間にさまざまな情報が飛び交い、それに乗ずる新たな動きが日本国内で進行しています。2022年7月15日(火)、コープ自然派おおさか(理事会主催)では、この4月にウクライナ各地を取材した戦場ジャーナリスト・志葉玲さんに現地の状況を聴きました。
ウクライナ侵攻への軌跡
ウクライナの面積は日本の約1.6倍、人口は約4100万人でウクライナ人8割弱、ロシア人2割弱、小麦輸出世界第5位の農業国(ロシアは世界第1位)です。ハリウッド女優のミラ・ジョヴォヴィッチや格闘家のイゴール・ボブチャンチンが世界的に知られ、ロック歌手のダリア・ザリツカヤのYouTubeやInstagramを志葉さんは以前から注目していたということです。
なぜロシア軍によるウクライナ侵攻が起きたのか。日本の多くのメディアはNATO(北大西洋条約機構)が冷戦後、東方に軍拡していることが原因だと言っていますが、ウクライナの圧倒的多くの人たちは、ロシアの大統領・プーチンが「偉大なソ連を復活させよう」との野望に取りつかれ、ロシアと距離を置きEUと関係を深めているウクライナが気に食わないのだと語っているということです。
志葉さんはまず首都・キーウに入ります。2014年に独立広場では何十万人というウクライナの人たちがデモを行いました。当時のウクライナはロシア主導の「ユーラシア経済連合(EEC)」かEUとの「高度かつ自由貿易圏(DCFTA)」締結かをめぐって国民的議論が交わされていました。しかし、当時の大統領・ヤヌコーヴィチは2013年、ロシアからの猛烈な圧力を受けてDCFTA交渉からの離脱を決定。これに対して欧州への仲間入りを希望していた人たちは憤ってデモを行いました。ヤヌコーヴィチはデモ参加者を激しく弾圧、2013年から2014年にかけて約100人が殺され、さらに多くの人たちが行方不明になっているとのことです。そこで怒りはますます大きくなり、ヤヌコーヴィチ退陣を求めて抗議行動が行われ、2014年2月、ヤヌコ―ヴィチはキーウを脱出してロシアに逃亡。ヤヌコーヴィチを繰り人形のように操り、市民を弾圧するよう指示していたのはロシアの大統領・プーチンでした。
ヤヌコーヴィチ逃亡後、プーチンは南部のクリミア半島に軍を派遣して併合、さらに東部のドネツク州やルガンスク州などドンバス地域の親ロシア武装勢力を支援して行政府を乗っ取らせ、武器や戦車などを大量に送り込んでウクライナ軍と戦わせました。これは「ドンバス戦争」と呼ばれ、犠牲者は1万5000人に及ぶと言われています。ドンバス戦争は内戦と言われていますが、侵略行為で2014年からロシア軍によるウクライナ侵攻は始まっていたと言えます。
客観的な情報を冷静に
「ロシア軍によるウクライナ侵攻はNATOが原因だとかロシアが国民を守るために起こしたと言われるのはハイブリッド戦、つまり情報戦だ」と志葉さん。実力行使だけでなく混乱させるような情報を発信して戦争を進めていくという方法です。日本ではNATO原因説がかなり広まり、ドンバス戦争はウクライナのネオナチ(極右民族主義)政権による虐殺だとロシア側が言うのを信じている人たちも多いようです。
ただ、国連や人権団体の報告書では、ウクライナ軍が親ロシア武装勢力を拷問したことも記載され、客観的な情報を得て冷静に判断することが大切だと志葉さんは話します。映画「ウクライナ・オン・ファイヤー」がウクライナ侵攻後に日本でも話題になりましたが、オリバー・ストーン監督はドンバス戦争でウクライナ政府は1万5000人の市民を殺したとコメント。しかし、この内訳はウクライナ軍兵士と親ロシア勢力と市民だということで事実がすり替えられています。
志葉さんは今回の取材ではウクライナ政府の支援を一切受けていません。外国からのメディアにはプレスツアーが用意されましたが、フリージャーナリストとしてあえて独立性を強調することが大切だと参加しなかったということです。
ブチャでは虐殺が判明
志葉さんはキーウから北西25kmのブチャを訪ねました。ブチャは人口約3万7000人で3月初めから末までロシア軍に占拠されていました。この間にロシア軍による住民虐殺が行われ、4月になっておびただしい数の遺体があったことがわかりました。
ブチャ中心部にある教会では300体近くの遺体を集団墓地に埋葬。その後、それを掘り返しどのような状況で殺されたか検証すると、不自然な骨折や拷問の跡もありました。国際人道法では戦闘員であっても捕虜になった時点で虐待したり殺してはならないと定められています。しかも集団墓地に埋められているのは一部で、志葉さんが取材している間にもあちこちから遺体が出てきたということです。
ブチャではインフラが破壊され、水を求めて外に出たときロシア軍に片っ端から撃たれました。車で逃げようとすれば車ごと攻撃されました。プーチンはブチャで虐殺はなかった、ロシア軍が撤退した後、ウクライナ軍が入ってきて自作自演で遺体をばらまいたと言っています。しかし、志葉さんは遺族にも確認しましたが、ロシア軍が占拠していた間に殺され、その間、武装していたのはロシア軍だけでした。家の中でも安全ではなく、住宅が攻撃され黒焦げになっていました。その中には黒焦げになった人骨が落ちていました。
ボバくんという10歳の男の子は家族でシェルターに避難していましたが、母親がロシア軍の攻撃の爆音に心臓まひを起こし死んでしまいました。母親の埋葬を涙をこらえて見守り、インタビューにも応えてくれたボバくんのことが志葉さんは忘れられないと話します。そして、遺体にはそれぞれの人生があることに想像力を働かさなければならないと改めて思い知らされたということです。
引き裂かれた人間関係
さらに北西のボロディアンカに行きました。ここはブチャよりひどい状況ではないかとウクライナ当局は説明。約1kmにわたって住宅が軒並み破壊され、瓦礫の下には多数の遺体が埋まっていることが想像できます。あまりにも瓦礫の山が大きく、また、ロシア軍が仕掛けた爆弾も処理しなければならないので、撤去作業が進まないとのこと。ドローンを使った空撮写真で破壊された町が映し出されました。
ウクライナ第二の都市・ハリキウでも志葉さんは取材。ここはロシアとの国境が近く、ロシア軍が激しく攻撃していた時期がありました。当時、日本のメディアが入ったのはキーウ周辺だけで、ハリキウに入った日本人ジャーナリストは志葉さんが初めてでした。
ハリキウ中心部は学校もロシア軍によって破壊され、取材に入った時点ではロシア軍は郊外に追い出されていましたが、一時は市内に入ってきて、学校も破壊されました。砲撃やロケット弾で集合住宅や保育園も攻撃されました。志葉さんがカフェのテラス席でウクライナ志願兵にインタビューしていたとき、ロシア軍のロケット弾が飛んできて慌ててシェルターに避難。そのときの映像が流され、まさに危機一髪という状況でしたが、志願兵にとってはいつものことだということです。
このような厳しい状況下でもボランティアが食料や水を配っていました。防弾チョッキを身に着け、孤立した人たちに対応、日本からの募金に感謝の気持ちを伝えられたとのことです。地下鉄はシェルターの働きをし、ボランティアが子どもたちに勉強を教えていました。
ウクライナはロシアの文化の影響を受け、ロシア語を話せる人も多く、とりわけハリキウはロシアとの交流が活発で、親ロシア的地域でした。通訳のイヴァンくんはロシア侵攻まではロシアで音楽活動を行い、ロシア人女性と結婚しました。侵攻が始まり、ウクライナのために何かしたいと帰国しましたが、パートナーとは別れて暮らし、彼女のことをとても心配しています。なぜなら彼女は反戦運動に参加してロシア当局に逮捕されたからです。そのときはすぐ釈放されましたが、家族関係もマークされていることが心配だということでした。ロシアではウクライナについて発言すると最悪15年間刑務所に入らなければならないなど、厳しい言論統制が続いています。ウクライナではロシア人と仕事したり結婚する人も多く、ロシアにとっても同様、戦争によってすべて引き裂かれました。
今、できることは何か
ウクライナのためにできることとして、すぐ誰でもできることを志葉さんは紹介。ウクライナの人気歌手・ドロフィーエワヴァが公開している動画を視聴することで被害者への募金になります。彼女はロシア語で歌い、ロシアのファンに向かって「一緒に戦争をやめましょう」とInstagramで発信しています。
「今後、どうなるか、それは予想が立てにくいです。なぜなら、この戦争はプーチンが始め、終わるのはプーチンが決めることだから」と志葉さん。日本ではリベラル系の人たちはゼレンスキーが無条件降伏すれば良いと言っていますが、現地の状況を見れば、ロシア軍の占領下で人が殺されています。戦争が終われば占領下でウクライナの人たちは殺されない保障はあるか、拷問されない保障はあるか、自由はあるか、ロシアのなかでも自由はないのにと志葉さんは疑問を抱いています。2014年からウクライナの人たちは、自分たちの大統領が繰り人形のように操られ、ロシアに支配されるのは嫌だという気持ちを抱いていました。そんななかでロシアは侵攻しているのです。
では、どうすれば良いのか。ロシアの石油や天然ガスを買うのをやめようという流れが世界的にあります。地球温暖化問題で言動が注目されているグレタ・トゥーンヴェリが呼びかけたフライデー・フォー・フューチャーのウクライナ支部は「ロシアの石油や天然ガスを買うのをやめてください。それが私たちを殺します」と発信。ロシアは地下資源が豊富で歳入の4~5割は天然ガスや石油によるものです。特にドイツやオランダなどヨーロッパ各国は天然ガスや石油をかなりの割合でロシアに依存していますが、自然エネルギーの活用で自給しようという大きな流れがあります。
「日本も公的資金がロシアの石油や天然ガス開発に使われていますが、日本は天然ガス1割弱、石油は数パーセントしかロシアに頼らず、やめようとすればすぐやめられます。しかし、なぜか憲法改正が進められ、それはまさに火事場泥棒、ウクライナの人たちを利用しています。国連憲章は侵略戦争を禁止し、憲法9条と親和性があります。また、独裁者の暴走を縛るのが憲法です。ロシアが核兵器をチラつかせて世界を脅かしている今、被ばくを体験した日本が反核や反戦を訴えることがこれまで以上に求められています」と志葉さんは話しました。
Vol.472(2022年9月)より
一部修正・加筆