コープ自然派など全国のこだわり10生協が加盟する生協ネットワーク21は、ネオニコチノイド系農薬の連続学習会を開催(全3回)。第2回学習会(2022年3月22日)では、神戸大学大学院教授・星信彦さんを講師に迎え、動物実験データから明らかになった哺乳類への影響について聴きました。
脳神経系と行動への影響
ネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ)は昆虫の脳の神経細胞を異常興奮させ、正常な神経伝達を阻害することで効果を発揮し、ミツバチの失踪や大量死の主犯とされています。1993年にネオニコが発売されると、うつ病や発達障害、不登校、いじめなどが急増。2012年、ネオニコが哺乳類の脳にもニコチン同様の興奮性反応を引き起こし、精神疾患や発達障害と関係する可能性を木村―黒田純子さんが指摘しました。
星さんは国が定める無毒性量のネオニコ(クロチアニジン)を投与したマウスを使い、オープンフィールド試験(新奇環境下での自発的な活動性を測定するテスト:マウスを四角い箱の中に入れて上から観察する)と高架式十字迷路試験(マウスが壁際を好み、高所を避けるという性質を利用した不安様行動を測定するテスト:壁のある走路と壁のない走路を高所で十字に組みマウスを探索させる)を行いました。無毒性量とは、通常、多種類の毒性試験を行い、その中で最も低い値(実験動物を用いた毒性試験において、何ら有害作用が認められない用量)のことです。どちらの試験でもネオニコ投与マウスは怖がって壁がある場所しか歩けなくなり、高架式十字迷路試験では投与マウスが鳴き声をあげる異常啼鳴(痛みや恐怖などの強いストレスを感じたときにあげる鳴き声)が発生。無毒性量の10分の1を投与したマウスも同様の結果になり、ネオニコは無毒性量でもマウスが行動異常を起こすことが判明しました。
生後3週から8週齢のマウス(人の学童期から思春期を想定)に無毒性量のネオニコ(ジフノテフラン)を投与しオープンフィールド試験をしたところ、自発運動量が増えうつ様行動が減少しました。これは、ネオニコの種類によっては、発達期の曝露により多動様症状を引き起こす可能性を示すものです。セロトニンが過剰に分泌されて興奮や混乱など精神的に不安定になり、ドーパミン合成が促進し多動や精神疾患を発症し、神経伝達物質のバランスが変化します。
影響を受けやすいオス
動物実験のほとんどはオスのみを使いますが(メスはホルモンの影響を受けるという理由から)、性差について検証の必要性を感じた星さんは、ネオニコ(クロチアニジン)の曝露による行動および神経回路に対する検証実験を行いました。無毒性量の10分の1のネオニコをマウスに投与し、オープンフィールド試験、高架式十字迷路試験、新奇物体認識試験(マウスの記憶を調べる実験)を行ったところ、オスにのみ不安様行動が増し自発運動量と物体認識記憶が低下、学習と記憶の実験でもオスに顕著な低下が見られ、オス動物がネオニコの影響を受けやすいことがわかりました。また、メスはネオニコの代謝が速く、発情期(エストロゲンが高い)にネオニコの影響を受けやすくなるなど性ホルモンの関与も明らかになりました。
腸内細菌叢に与える影響
免疫細胞は全身に2兆個あり、その7割が腸に配備されています。一方、腸内細菌は100兆個、1000種類以上あると言われ、腸に異常が起きると免疫の暴走(アレルギー、自己免疫疾患)につながります。無毒性量のネオニコ(クロチアニジン)の曝露により、胸腺(2大免疫中枢の1つ)が有意に小さくなり(T細胞に影響)、マクロファージ(免疫細胞)の減少と活性の低下といった免疫器官への影響が確認されました。また、乳酸菌や酪酸産生菌の減少、炎症関連菌の変動、種多様性の低下が起きて腸内細菌叢に影響( 細菌叢構成の単純化=dysbiosis)し、免疫機能を撹乱します。
母子間移行と継世代影響
ダイオキシン、PCB、DDT、DDE、ビスフェノール、トリブチルスズ、カドミウム、鉛、植物性エストロゲンなどのさまざまな化学物質が母体から胎盤を抜けて胎児へ移行することが報告されています(2002年)。また、ネオニコ(イミダクロプリド、チアメトキサム)がヒトの体内で分解された代謝産物の毒性は昆虫の数百倍も強くなるとのこと(2011年)。ネオニコ(クロチアニジン)とその代謝産物が母マウスに投与して1時間後には胎子に移行することが実験で明らかになり、母体より胎子の貯留性が高いことがわかりました。また、母乳への移行を調べたところ、母胎への投与1時間後には、ネオニコとその代謝産物が母乳中で確認され、しかも、血中より母乳中濃度の方が有意に高い(濃縮する)ことも判明しました。
ニコチンや農薬のビンクロゾリン、除草剤グリホサートは妊婦から子どもや孫、ひ孫に世代を超えエピジェネティック変異(遺伝子のオンオフのスイッチが受け継がれていくこと)を促進して悪影響を及ぼします。無毒性量の10分の1のネオニコを妊娠中のマウスに投与したところ、オスの胎子は出生後、精巣の生殖細胞が減少、メスの胎子は、出生後、卵巣が小さくエストロゲンに関する遺伝子群が変化しました。そして、子どもの世代が大人になり出産すると9匹中2匹が子どもを喰殺し1匹が育児放棄、さらにその子どもが出産すると6匹中3匹が子どもを喰殺。妊娠中に化学物質の曝露を受け、その化学物質が胎盤を通過する時に胎子に至り、胎子も曝露を受け(次世代影響)、胎子の体内の生殖細胞、すなわち孫世代をつくる生殖細胞にも到達。孫世代に何らかの影響があらわれる可能性があり(多世代影響)、化学物質に直接さらされることがないにもかかわらず孫以降の世代にも影響が出る例が報告され始めています(継世代影響)。
感受性と1日摂取許容量
感受性(影響の受けやすさ)は1人として同じではなく、一卵性双生児であっても異なります。化学物質の曝露量と反応が比例するとは限らず、胎児期や新生児期など化学物質の影響を受けやすい時期もあります。また、感受性には動物種差があり、ダイオキシンの一種であるTCDDの感受性は同じげっ歯類でもハムスターとモルモットで1万倍違います。実験結果の精度を高めるために実験動物は遺伝的背景が均一なものを用いますが、感受性には個体差もあり、実験結果は全く同じにはならないとのこと。私たちは日常的に約10万種類の化学物質に接し複合的な影響を受けています。低濃度(単独では影響なし)であっても複合曝露により毒性を発現する例があり複合的影響評価が必要だということです。
実験動物 で得られた無毒性量を安全係数100で割ったものが、人の1日摂取許容量になります。1日摂取許容量は、「人が生涯にわたり毎日摂取し続けても有害作用を示さない1日当たりの量」です。安全係数100の根拠として、動物と人との種差を10倍、人と人の個体差を10倍とし、それらをかけ合わせた100倍を用いています。しかし、TCDDの感受性はハムスターとモルモットで1万倍もあるのですから、安全係数を100とする科学的根拠はありません。また、健康影響に関する毒性試験のガイドラインは、世界保健機関ではなく経済協力開発機構(OECD)によって作成されていることは一般の人にはほとんど知られていません。OECDガイドラインは、国際比較を可能にするため、一般的な方法を用いて、あらかじめ定められた試験項目に則して調べることを目的としているため、想定されていない生命現象が起きていても、それらを見落とさず、見誤ることなく検出することは期待できません。なぜなら、それはこの試験ガイドラインの目的ではないからです。さらに、食品安全委員会が示す1日摂取許容量は農薬製造会社から委託を受けた受託会社が出したデータをもとにしていますが、驚くことにそのデータはほぼすべてが未公表なのです(農水省は知的財産権を楯に公表を拒む)。また、近年、問題化している発達神経毒性(胎子期あるいは生後の発達期の神経系にあたえる影響)を調べる試験は任意であることの問題も指摘されています。加えて、最近、農薬の毒性は、農薬原体よりも補助剤を含む製品(市販品)の方が数百〜数千倍毒性が高いもののあることも指摘され、農薬原体を元にした国の定めるところの安全性基準にはさまざまな不備があります。
「1993年にネオニコが発売されて20年後に人への危険性が指摘され始めました。毒である農薬を人で実験することはできません。農薬は市販されて初めて人への影響がわかるという怖さがあるのです。世界は脱ネオニコに向かっていますが、日本は農薬残留基準の緩和が進んでいます。これらの問題を先送りしてはならない、次世代への責任と義務について改めて考えてください」と星さんは話しました。
Table Vol.465(2022年6月)より
一部修正・加筆
生協ネットワーク21連携開催ネオニコフリー連続オンライン学習会
・第1回学習会(2022年2月23日)