2021年3月7日(日)、コープ自然派兵庫などが実行委員会を結成し、「いのちとくらしの映画祭with藤原辰史講演会」を開催。
「公共」をテーマに、「パブリック図書館の奇跡」上映と歴史学者・藤原辰史さんの講演会が行われました。

 

スペインかぜから学ぶ

 ドイツ現代史を専門とする藤原さんは「コロナが浮き彫りにした『貧困・格差』と『公共』の役割」と題して、第一次世界大戦の最終年に蔓延したスペインかぜを参考に現在の状況について話します。

 第一次大戦中に世界各地の人々を襲ったスペインかぜは3年間続きましたが、2000万人の死者を出した第一次世界大戦の記憶が強すぎたため、当時の記録がほとんどありません。アメリカで感染爆発したスペインかぜは兵士を通じて世界中に広がり、死者数4000万人〜1億人(当時の人口18億人)とも言われます。戦争という目的のために、感染症対策が後回しにされたことも多数の犠牲者を出した原因です。新型コロナの死者数は184.3万人(人口77億人、2021年1月4日現在)、現代でも経済活動やオリンピック開催を優先し、生命が疎かにされています。スペインかぜの歴史的事実に基づき、新型コロナの流行について警鐘を鳴らした藤原さんの論考は大きな反響がありました。

 第一次世界大戦は塹壕戦を中心に泥沼化、兵士たちはさまざまな病気が悪化・感染しやすい環境におかれ、一般国民は食糧不足などスペインかぜの格好の餌食になりました。アメリカではドイツがウイルスをばらまいているというフェイクニュースが流れます。バイエル社(ドイツ)のアスピリン錠にインフルエンザの病原菌が混ぜられているという噂が広まり、合衆国公衆衛生局が1錠ずつ検査しました。ロサンゼルス保険局の委員長は「サンフランシスコで流行すると考えられない」と発言、ニューヨーク州のメディア紙ではスペインかぜの流行について半年以上伏せた後、「天罰が犠牲者に降った」「弱音を吐く者や臆病者が最初に犠牲者になる」と報道。マスク着用の習慣はこの時期に始まり、ロサンゼルスで「反マスク同盟」が結成され、マスク非着用の人が逮捕されました。植民地で犠牲者が多く、鉱山が感染の温床となるなど弱いところに悲劇が集まり、各地で低所得者向けに炊き出しが盛んに行われました。

酷似している社会背景

 日本ではスペインかぜは10〜20万人の死者を出し、新聞にはマスクをつけた学生の写真や東北出身女子工員が大勢亡くなったこと、一家全滅などの悲劇を報じた記事を掲載。政府の啓発ポスターには、マスク・うがいの奨励、人に近寄らない、予防注射などが標語とともに描かれています。社会主義者、無政府主義者などには国民道徳で対抗できるとする精神論も流行りました。

 スペインかぜの前後の時期に、ロシア帝国(1917年二月革命)、ドイツ帝国(1918年ドイツ革命)、オーストリア=ハンガリー二重君主国(1918年オーストリア革命)、オスマン帝国(1919〜1923年トルコ革命)が崩壊し、全世界的に王朝が倒れ、世直しの時代へと向かっていきます。日本では米騒動(1918年)が全国で同時多発的に起こり、チェコスロバキア(1918年)、ポーランド(1918年)、朝鮮半島(1919年)などで民族運動が起きました。

 ちなみに現在も、インドで農業新法に反対して、ベラルーシでルカシェンコ大統領の再選に抗議して、ロシアは野党指導者ナワリヌイさんの釈放を求めて、タイは民主化を求め、ミャンマーは軍事クーデターに反対して抵抗運動が世界的に多発しています。危機の時代は、被支配者の抵抗運動や抗議運動が活発化する時代だと言えます。

労働力と自然の商品化

 新自由主義とは派遣労働者の増加、緊縮財政の強制、競争原理の達成、生命領域である労働力と自然の商品化を貫徹し、市場の活性化を目的の中心に据える経済思想のことです。資本主義社会を延命させる手段の1つとして1970年代から始まり、サッチャー政権、レーガン政権、中曽根康弘が推進しました。新自由主義は根源的な不平等を無視し、男性中心主義社会、人文学・文化を軽視する傾向にあり、トップダウンで話し合いをスキップする統治が歓迎されます。さまざまな人の悩みや考えを聴き議論することで次のステップに向かうのが政治であり、政治的才能に優れた「ホモ・ポリティクス(政治的人間)」の代わりに、どうすれば利潤を得られるかを考え、経済的合理性に基づいて行動する「ホモ・エコノミクス」(経済的人間)に誘導するような教育が広がりました。菅内閣の「中小企業の再編」(中小企業を淘汰し大企業に吸収させる政策)がコロナ禍を奇貨として進められ、竹中平蔵はベーシックインカム(最低限所得保障の一種)の本来の意味を無視して、ベーシックインカムさえ与えれば老齢年金や生活保護などをカットし福祉を縮小できると賛成。「このような動きに注意し、今こそ食と農に根ざした思想を紡ぐことが求められています」と藤原さんは話します。

食と農の未来「縁食」

 肉の幹細胞と筋線維を培養してつくる「培養肉」、食べないという「不食」、培養液とLEDによる栽培「植物工場」、最高の食事体験ができる「ヴァーチャル・リアリティ食」は動物保護、環境保護、食糧不足、食物アレルギーなどの問題解決の手段として、SDGs達成に向けてこれらの動きが進むことが予想されます。しかし、そうではない未来を子どもたちに見せる必要があると藤原さんは訴えます。

 『土と内臓』(D.モントゴメリー、A.ビグレー/著 築地書館)は、植物が根から大量のデンプンを排出し土の中の微生物に与える現象について「地下レストラン」と紹介しています。人間も大腸の壁から浸透させて腸内細菌にエサを与えることで「腸内レストラン」を活性化しています。微生物の力による土壌と内臓の活性化は、農薬・化学肥料の介入では成り立たず、中央集権ではない分散モデルであり、「植物」の知恵です。また、江戸時代のエコロジカル民主主義者・安藤昌益もこれらの「漏れ」でるものが大切であり、「漏れが土壌と腸を耕すと述べています。

 今後の食の未来として藤原さんは著書『縁食論』を紹介。「縁食」は家族以外の人たちと緩やかに食を共有できる子ども食堂のような場所です。おとな食堂、母親食堂などの形で世界中に誕生し、その中で、音楽会、落語、職探し、友だちづくりなどが行われています。人と人との関係、腸と土壌を活発にする食を通じた豊かな公共性を「縁食」はイメージしています。また、栄養確保だけの面倒なものとして考える食、過剰な市場化が進む食ではなく、「食べものを通じて自立的に人と縁を結び、きついと思ったらほどく、縁のゆるやかな関係性を用いた人と人、人と自然の関係のもとで、食の多様性を回復していく未来を考えています」と藤原さん。金銭的誘導ではなく、自立的に人々がつながり、自分たちで自分たちのことを決める政治を自治といい、自治の回復、アウトソーシングからインソーシングを進める動きが世界各地で登場し始めています。

(左)京都大学人文学科研究所准教授・藤原辰史さん
(右)「貧困・格差の問題を考え、社会に目を向け、行動に移すきっかけにしてください」とあいさつするコープ自然派兵庫・正橋理事長。

Table Vol.440(2021年5月)より
一部修正・加筆