久保田貢さん

各地のモニュメントやさまざまな映像などを使ってアジア・太平洋戦争の状況を伝える講師の久保田貢さん。

2020年8月27日(木)、コープ自然派兵庫(ビジョン平和主催)は久保田貢さん(愛知県立大学教員)を講師にオンライン講演会を開催、久保田さんは「憲法」に込められた思いや内容について視覚資料も用いながら話しました。

約12万人の戦争孤児

 「憲法」はアジア・太平洋戦争敗戦への反省のもとに1946年11月3日公布、1947年5月3日に施行しました。そこで、久保田さんはアジア・太平洋戦争がどのような戦争だったのか話します。

 「火垂るの墓」記念碑がこの6月、西宮市に建立されました。「火垂るの墓」は自身の戦争体験をもとにした野坂昭如の短編小説。神戸市と西宮市を舞台に親を亡くした14歳と4歳の兄妹は終戦前後の混乱の中を必死に生きようとしますが、栄養失調で悲劇的な最期を迎えます。アニメは1988年、高畑勲の監督・脚本で制作されました。

「火垂るの墓」記念碑。

2020年6月に建立されたばかりの「火垂るの墓」記念碑。

 戦争直後、日本には約12万人の戦争孤児がいました。「蛍」ではなく「火垂る」と表現したのは焼夷弾が落ちる光景をイメージしたとのこと。日本各地に焼夷弾が落とされ、消火を命じられた多くの人たちが命を落としました。神戸大空襲は3回、死者8000人以上と言われています。では、この戦争はどのように始まったのでしょうか。

アジア・太平洋戦争へ

 1895年、日本は台湾を植民地にした後、朝鮮半島を植民地に。さらに、日本の権益にした南満州鉄道の一部を爆破、それを中国軍の仕業だと大軍を派遣し(柳条湖事件)、満州国をつくりました。そして、日本の多くの人たちを満州へと誘います。約27万人(兵庫県から約4400人)が満州に渡ったと言われ、兵庫県豊岡市(当時高橋村)から移住した1人は「…家も畑も、捨て値みたいなもんで買い上げたらしいです。強制的に立ち退かされたもんもおって、恨んでるもんもおりますわね…」と書き残しています。

 そして、日本は中国全土を手に入れようと、1937年、北京郊外の盧溝橋から進軍(盧溝橋事件)、さらに、上海から西へと進軍して南京で捕虜や市民を殺戮(南京事件)、死者は20万人とも言われています(中国側は30万人と主張しています)。

 このような日本の動きに反対する人たちは弾圧され、大橋巨泉は「ボクの父は戦争中、電車の中でこんな戦争早くやめればいいのにと友人に言っただけで憲兵にひっぱられ拷問されて傷だらけで帰ってきた」。また、小説家・小林多喜二は「労働者もみんな平等だ」と書いたことで拷問され29歳で亡くなりました。1931年頃からつくられた「無産者診療所」(10県に23診療所)は数年後にすべてつぶされました。

 そして、1941年、マレーの東海岸コタバル(イギリス領)に上陸、数時間後に真珠湾を攻撃し、日本の戦争はアジアから太平洋地域へと広がりました。アジア・太平洋戦争で日本人死者は約310万人と言われていますが、中国人は1000万人以上、朝鮮人は20万人以上、東南アジアでも多くの人たちが亡くなりました。オーストラリアには建国以来、初めて日本軍が攻撃したということで現地では毎年、追悼セレモニーが行われています。

強制連行や虐待の歴史

 神戸港の平和の碑には、「アジア・太平洋戦争時期、神戸港では労働力不足を補うため、中国人、朝鮮人や連合国軍捕虜が、港湾荷役や造船などで苛酷な労働を強いられ、その過程で多くの人たちが犠牲になりました。私たちはこの歴史を心に刻み、アジアの平和と共生を誓って、ここに碑を建てました」(2008年)と書かれています。朝鮮人強制連行・強制労働77万人以上、中国人強制連行・強制労働約4万人以上(中国国内で4000万人以上)、連合国軍捕虜はアジア各地で強制労働させました。相生には造船所建設などに強制労働させ亡くなった人たちを供養する碑が建立されています。また、神戸電鉄建設時にも多数の朝鮮人が強制労働で亡くなり、碑が建てられています。

 1944年から空襲が本格化し、本土決戦を見越して長野市に巨大な地下壕(松代大本営)を建設、天皇をここに移す計画が立てられましたが、完成しないまま敗戦を迎えました。今も巨大な地下壕を見ることができます。

 そして、1945年3月から沖縄戦が始まりました。軍部や天皇は沖縄には捨て石になってもらって本土決戦に備えようと画策、沖縄では多くの人たちが自決しました。最近制作された映画「沖縄戦」からも悲惨な状況がうかがえます。また、各地で特攻隊が結成され、青年たちの命が失われました。長野県池田町には特攻隊員・上原良司の記念碑が建てられ(2006年)、「自由の勝利は明白な事だと思ひます。明日ハ自由主義者が一人この世を去っていきます。唯願はくば愛する日本を偉大ならしめられん事を国民の方々にお願ひするのみです」と碑文に刻まれています。

「憲法」に込められ意思

 アジア・太平洋戦争への反省を込めて誕生した「日本国憲法」前文には「…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。…われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と書かれています。

 そして、9条には「日本国民は、正義と秩序を基盤とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明記されています。

 「火垂るの墓」の脚本家・高畑勲さんは亡くなる前に「あの戦争を知っている人ならわかる。戦争が始まる前、つまり、いまが大切です。始めてしまえば、私たちは流されてしまう。だから小さな歯止めではなく、絶対的な歯止めが必要なのです。それが9条だった」と書き残しています。

 第3章(10条~40条)には「基本的人権」について書かれ、11条では「国民は、すべての基本的人権の事有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」、13条「幸福追求権」、14条「平等権」、19条「思想及び良心の自由」、20条「信教の自由」、21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」、22条「居住、移転及び職業選択の自由」、23条「学問の自由」、26条「教育を受ける権利」がそれぞれ保障されています。

 また、「生存権」を保障するには「はたらく権利」が必要だと27条「勤労の権利」、28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉の権利」、31条から40条「身体の自由」「裁判を受ける権利」が明記されています。

「憲法」の理念の実現を

 今、自民党を中心に改憲への動きがあります。自民党改憲草案では9条に「自衛隊」を明記し、「緊急事態条項」が追加されています。「自衛隊」を明記すれば、9条2項は無力化し、自衛隊の任務や装備が拡大。民間人の戦地派遣の可能性が生じます。また、アジアの平和の動きにも逆行します。「緊急事態条項」については、「緊急事態」の名目で人権が制約される恐れがあり、憲法に追加しなくても「災害対策基本法」で対処できます。

 21条「表現の自由」では「知る権利」(情報公開)も保障されています。表現するには正しい情報が必要ですが、権力者は都合が悪い情報を隠そうとします。毒ガス工場があった大久野島は情報統制により戦争中は地図にも存在しなかった島です。最近でも「自衛隊の日報隠し」や「森友問題」では公文書が隠ぺい・改ざんされました。「私たちはいったん権利を失うとさまざまな自由や権利を失う可能性があります。コープ自然派は情報公開し、集会や学習会など多様な活動をされていますが、改憲によってできなくなる可能性もあります。私たちは憲法を変えるのではなく、憲法の理念が実現していないということを強く訴えるべきではないでしょうか」と久保田さんは話しました。

Table Vol.426(2020年10月)より
一部修正・加筆