「子ども脱被ばく裁判」共同代表・水戸喜世子さんのお話に続いて樋口英明さんからお話を聴きました。2014年5月21日、樋口さんは福井地裁において関西電力大飯原発3・4号機の運転を差し止める判決を下しました。
樋口さんは当初から原発が危険かどうかという観点で裁判を行うことを宣言し、裁判開始から1年半という異例の速さで判決を出しました。
福島第一原発事故とは
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9の地震が福島第一原発を襲いました。震源地は三陸沖130kmで震度6。福島第一原発は地震で電源を喪失し、その後、15mの津波で非常用電源も喪失、1〜3号機がメルトダウンしました。メルトダウンとは原子炉内のウラン燃料が溶け落ちることです。
原子力発電は原子炉の中でウラン燃料を核分裂させ、その際に発生する熱エネルギーで水を蒸気に変えタービンを回して電気をつくるというしくみです。ウラン燃料で水を沸騰させると原子力発電、石油で水を沸騰させると火力発電、どちらも発電のしくみは同じです。しかし、火力発電は火を止めると沸騰は止まりますが、原子力発電はウラン燃料の間に制御棒を差し込んで核分裂反応を止めても沸騰が続きます。そして、核分裂反応を止めた途端に発電できなくなり、外部電源でポンプを回して冷やさなければならないのですが、福島第一原発事故では外部電源も非常用電源も使えなくなっていました。地震が起きたときの安全3原則とは「核分裂を止める」「水と電気で核燃料を冷やし続ける」「放射性物質を格納容器に閉じ込め続ける」ですが、福島第一原発事故では停電によって冷やすことに失敗し、その結果、閉じ込めることにも失敗しました。
2号機・4号機の奇跡
では、福島原発事故は最悪の事故だったのでしょうか。実は数々の奇跡があったと樋口さんは話します。2号機は当時、発電していましたが、停電によって水が供給できなくなり、ウラン燃料が溶け落ちました。そして、水蒸気と水素で格納容器が満杯になり、水蒸気を抜かなければならないのですが(これをベントと言います)、停電のため自動バルブが開けず、3月15日には格納容器内部の圧力は設計基準の倍ほどにもなっていました。ところが、格納容器のどこかに弱い部分があり、水蒸気が抜けたため、格納容器の爆発は起きませんでした。2号機が欠陥機だったことによる奇跡です。
4号機でも奇跡が起きました。4号機では定期点検のため発電していませんでした。核燃料は使用済み核燃料プールに入れられ、そのプールの隣で工事が行われていて、水が張られていました。3月15日には水の供給が断たれ、使用済み核燃料プールの水位は下がっていましたが、たまたまプールの仕切りがずれて使用済み核燃料プールに水が入りメルトダウンが避けられました。本来なら4日前に工事は終了していたはずなのですが、工事が遅れたために15日まで水が残っていたのです。これが天の配剤ともいうべき4号機の奇跡です。
危険だから原発を止める
日本の原発は震度6の地震にも耐えられない耐震設計です。「これまでの裁判では原子力規制委員会の独立性の問題や原発の施設が規制基準に適合しているかなどに関心が払われ、実際に起きている地震に対して原発の耐震性が低いか高いかには関心がなかったと言えます。つまり、原発の本当の危険性について審理していないのです」と樋口さん。なぜそうなってしまったのか。それは伊方原発最高裁判決(1992年)で、「原発訴訟は高度の専門技術訴訟である」としたことに起因しています。
日本は4つのプレート(岩盤)の境目に位置する世界で唯一の国です。なので、世界で起きる地震の10分の1以上が日本で起き、日本には地震の空白地帯はなく、しかも地震計が整備された2000年以降の測定によって1000ガルや2000ガルの地震はいつでもどこでも起こり得ることがわかりました。「多くの裁判官が原発を止めないのはこの事実を知らないからです。震度6とは老朽化した住宅だけが倒れる程度ですが、日本の原発の給水や配電に関する耐震性はこの程度なのです。原発は断水しても停電しても過酷事故につながります。原発事故の被害は極めて甚大なので高度な安全性が求められ、地震大国である日本において高度な安全性とは耐震性が高いということに他なりません。私が原発を止めたのは日本の原発があまりにも耐震性が低く危険だからです」と樋口さんは話します。
3.11を体験した者として
1973年のオイルショック時、石油が輸入できなくなり、新しい電力の必要性が検討されました。そこで、電源三法のもと、原発を誘致した公共団体にお金が落ちるようなシステムをつくり、全国に原発が建設されました。「当時の人々の責任と3.11を体験した私たちの責任のどちらが重いか、私は後者だと思います。かつては死の灰は科学の進歩で処理できると思っていましたが、処理できないことが明確になりました。また、原発事故が起きたとしても被害は30km圏内くらいだと考えられていましたが、福島原発事故でわかったことは原発事故の被害は250kmにも及ぶことです。さらに、日本の原発の耐震性はきわめて低いことがわかりました。これらのことを知ってしまった以上、次世代にツケをまわすわけにはいきません」と樋口さん。そして、「これからの裁判の在り方としては、権威や前例にとらわれず原告と弁護士が訴訟内容を理解し、意見を述べ合い、確信をもって積極的に訴訟に臨むこと、そうなれば裁判官も確信をもって裁判できることになるでしょう」と話します。
最後に、私たちができることとして、「究極の悲劇は悪人の圧政や残酷さではなく、それに対する善人の沈黙である。結局、われわれは敵の言葉ではなく、友人の沈黙を覚えているものなのだ。問題に対して、沈黙を決め込むようになったとき、われわれの命は終わりに向かい始める」というキング牧師の言葉を紹介しました。
Table Vol.438(2021年4月)より
一部修正・加筆