欧州で活躍中のピアニスト・松下佳代子さんが年に一度、ドイツから帰国される貴重な機会に、コープ自然派兵庫・おおさか・京都ではピアノコンサートを開催。バッハ、ベートーベン、ショパン、シューマンによる名曲の演奏とトークを楽しみました。
演奏とトークのひととき
2019年7月12日(金)、コープ自然派兵庫はスタンウエイ&サンズ神戸・コンサートホールにて松下佳代子さんコンサートを開催。第1部「大地と創世記」は、ブーランク作曲「エディット・ピアフに捧ぐ」から始まりました。ブーランクとシャンソン歌手のエディット・ピアフ、そして、フランスの詩人・ジャン・コクトーとの親交にまつわるお話は興味深く、3人とも同年に亡くなり、なかでもエディット・ピアフの死を告げられたショックで、ジャン・コクトーは亡くなったということです。
交通事故に遭い、九死に一生を得たエディット・ピアフですが、それは松下さん自身の体験と重なります。松下さんは交通事故後、「脳脊髄液減少症」「軽度脳損傷」「軽度高次脳機能障害」という全身に痛みが走る難病を抱え、歩くことも椅子に腰かけることもできず、9年間ピアノから遠ざかっていました。しかし、東日本大震災を経験して、演奏することで被災地の人たちに寄り添えるのではないかと新たに治療に励み、ピアニストとして、まさに奇跡的な再生を遂げました。
演奏はバッハ、ベートーベンと続きます。ベートーベン「熱情ソナタ第1楽章」は静かに始まりますが、主旋律に入ると「自由」「平等」「友愛」を掲げたフランス革命の息吹きが感じられます。
第2部「宇宙の破滅と誕生」では、ショパンの死生観を松下さんが記した「ショパンに想う」の朗読に続いてショパン「葬送ソナタ全楽章」「遺作ノクターン」と、悲しい曲が続きますが、死は生きたことの「勝利」であると勇気が与えられます。第3部「自然の破壊・再生」では、シューマン作曲「廃れた土地」「予言する鳥」と続き、「トロイメライ」。松下さんは「トロイメライ」演奏をきっかけにピアニストを目ざし、高校卒業後、ドイツへ留学したということです。
1日も早く原発廃炉へ
休憩を経て、松下さんの友人の水戸喜世子さん(子ども脱被ばく裁判・共同代表)が音楽にまつわる自身の体験や思いを話します。水戸さんは若い頃、勤務していた基礎物理学研究所(湯川記念館)の所長室に架けられたアインシュタインの写真を思い起こしました。アインシュタインは音楽が大好き、ピアノもバイオリンも演奏しました。ドイツ南西部でユダヤ人として育ち、ナチス政権下だったためアメリカへ。彼はナチスが原爆をつくろうとしていることを知ってアメリカ政府に伝えました。ところがアメリカが原爆をつくって日本に投下したことで心を痛めました。
「ラッセル=アインシュタイン宣言」はイギリスの哲学者であるバートランド・ラッセルとアインシュタインが中心となり、11人の科学者たちの連名で1955年に発表した核兵器廃絶・科学技術の平和利用を訴えた宣言文。核から撤退しなければ人類は滅亡するであろうと結んだこの宣言は、その後の核廃絶運動の原点となりました。この宣言の3ヵ月ほど前にアインシュタインは亡くなり、人類に放った遺言状とも言えるこの宣言には湯川秀樹も署名しています。
水戸さんの夫・故水戸巌さんも物理学者で音楽が大好き、原発は危険だと反対運動を始めた最初の学者だと言われています。「原発と原爆は原理も材料もまったく同じ、燃えた後に残るのは死の灰です。これ以上死の灰を増やさない、事故を再発させない、被ばく労働者を生み出さないためには1日も早く原発廃炉を実現するしかないです」と水戸さん。そして、アインシュタインは音楽があったから希望を持つことができたのではないか、「芸術・科学・宗教(倫理)のどれが欠けても人間社会を全うすることはできないのではないか」というアインシュタインの言葉からそのことが伺えると水戸さんは話しました。お話の後にはショパン「革命のエチュード」、最後は「奥の細道」序文の朗読とバッハ「サラバンド(イギリス組曲2番より)」を聴きながら、参加者は土と水と風のなかを生きる自身の姿を思い浮かべました。
<松下佳代子さんプロフィール>
ケルン音楽大学卒業。ザールブリュッケン音楽大学にて演奏家国家資格を取得。2002年にドイツ国家功労勲章。シューマンが家族と暮らした最後の家にチェリストの夫トーマス・ベックマンと暮らしています。アウトバーンで交通事故に遭い、後遺症の脳髄液減少症などで、9年間ピアニスト活動を休止、3・11をきっかけに奇跡的復活を遂げました。ローマ法王に招かれた初めての日本人ピアニスト。
Table Vol.399(2019年9月)