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くらしと社会

地域でヒバクシャの思いを継承する

2023年7月17日、コープ自然派奈良(理事会つながる主催)は、被爆者が高齢化し、その記憶を語り継ぐことが困難になっているなかで、地域の被爆者の声を掘り起こす活動を行う入谷方直(いりたに・まさなお)さんに話を聞きました。

入谷さんの本業は文化財修理技師。仏像を中心とした文化財の修理という仕事でも、伝統技術の継承という問題に直面しており、失われつつあるもののことを考える日々です。
撮影:永野博子

ひとりではじめた平和活動から

 奈良県にはかつて「わかくさの会」という原爆被害者の会がありました。1985年の発足から約20年間の活動の中で、『原爆へ平和の鐘を』と題した全3巻の被爆体験手記集を発行。入谷さんはこの被爆者の方たちが書き残した手記を読んでみたいとあちこちの図書館を訪ね歩きましたが、全巻原本で収蔵する図書館は全国のどこにも存在しませんでした。このままでは貴重な資料や活動の歴史が失われてしまうという焦りが入谷さんを駆り立てました。

「奈良県のヒバクシャの声」発行へ

 『原爆へ平和の鐘を』に掲載されている手記を多くの人に読んでもらう方法を探す入谷さんの前に立ちはだかったのが著作権と個人情報保護の壁。本来なら、わかくさの会が著作権者ですが、会が解散しているため著作権が各手記の著者に移っていました。著者である被爆者がすでに亡くなっていて遺族から承諾が得られなかったり、引っ越して連絡先が分からず会うこともできなかったりと、活動は困難を極めました。このように著作権と個人情報保護が壁となり、再発行や二次利用が難しい状況は全国的にも広がっているようです。

 しかし、辛い体験と向き合う決意をもって執筆された手記をなんとか受け継いでいきたい。さらには、その後のくらしや、生涯声を上げることのなかった被爆者の家族が捉えた姿など、被爆の瞬間だけでなくその前後を含めた人生全体を被爆体験と捉えて伝えたい。その一心で小さな手がかりを辿り、昨年『奈良県のヒバクシャの声』を発行することができました(発行:奈良県生活協同組合連合会)。

 「忘れようと努めた」「総て忘却の彼方に押しやりたい感情が先に立って、40年間社会の片隅で貝のように堅く口を閉ざしてきました」と書きながら、忘れようもない体験を綴った手記。「(手記を見るまでは)私は父が被爆者であることは知りませんでした」「私が知る祖父の被爆の話の多くは母から聞いたものが多いと思います」と書く家族の手記。妻は被爆の事実を夫に伝えた一方、夫は妻に44年間隠し続けた夫婦への取材記事…。『奈良県のヒバクシャの声』には24編の文章が掲載されました。

2022年に発行された手記集「奈良県のヒバクシャの声」。コープ自然派奈良上市理事長も編集委員として携わっています。問合せは奈良県生協連またはコープ自然派奈良まで。

私たちにしかできない継承活動

 戦争体験、被爆体験の継承の重要性がマスコミなどでも叫ばれていますが、継承とは、いまあるものを残しそこから学ぶだけではなく、能動的に足りないものを掘り起こしてつなげていく作業です。身近な人の声を守れるのは、そこに住む人だけ。どこかから誰かが調査に来て記録や保存をしてくれるわけではありません。入谷さんは、手記に書かれた場所を実際に訪れたり、手記に書かれていない内容を他の講演録などとつき合わせて補完したり、複数の手がかりをつなげる努力を続けています。そういった活動の中で手元に集まってきた貴重な資料を、状態よく、できるだけ多くの人がアクセスできる形で保管できる道筋もつけました。すべての反核運動の原点となる被爆者の記憶を未来へ伝えるには、多くの人の関わりが必要です。それぞれの地域での継承活動を一緒にやっていきませんか。

Table Vol.494(2023年10月)


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