印鑰智哉さんは地球誕生から、世界の土壌の危機、そして、農薬や化学肥料、遺伝子組み換え、TPPなど「種子法」の背景についても話しました。農民の種子の権利とは種子を保存・利用・交換・販売する権利です。

コープ自然派では、「種子法」廃止をテーマにした講演会や学習会が多数開催されています。今回は、コープ自然派事業連合および会員生協で開催された印鑰(いんやく)智哉さんの講演内容の一部を紹介します。

主要農産物種子法とは

 2018年4月、主要農産物種子法(以下、「種子法」)が廃止されました。「種子法」とは、米、大麦、はだか麦、小麦および大豆の種子については都道府県が責任をもって生産し、優良な品種を農家に届ける義務があるという法律です。この法律は戦後の日本の農と食を守るためにつくられ、各都道府県で計画的に種子を生産し、安価で農家に供給してきました。そして、その土地の気候に合った品種が開発されることで地域の農業を支え、日本の食糧生産を支えてきました。日本全国では300品種以上の米の種子を保持し、主要農作物の種子は国内で完全自給できたのです。種もみをつくるには厳密なプロセスを経て膨大な時間と労力を要します。そして、都道府県ごとに奨励品種を定めて都道府県が検査し、銘柄を表示して販売します。

 一方、「種子法」の欠点もあります。産地品種銘柄に指定されない品種は「その他の品種」としてしか流通できず、実質的には流通から排除されることになります。その結果、日本各地の在来種を流通から排除してしまった面もあります。また、「種子法」は米、麦、大豆以外はカバーできないという欠点もあります。

 2017年4月14日、「種子法」はまともな審議もなく、閣議決定からわずか2ヵ月間で廃止が決定されてしまいました。その間、マスコミ報道もほとんどされず、生産者も消費者も知らない間に廃止されてしまったのです。

「種子法」廃止の弊害

 政府は「種子法」廃止の理由として、「民間企業の投資意欲を削いでしまうから」と説明しています。しかし、住友化学は2020年までに米の生産を6万トン(67倍)に増やす事業計画を2016年に立てていました。また、豊田通商も2015年に米事業に参入するなど民間企業は「種子法」廃止前から意欲的で、政府はこれらの企業の後押しをするため廃止したと言えるでしょう。

 「種子法」のほかに「種苗法」という法律がありますが、「種苗法」は種を守る法律というよりは、種子を開発した企業の知的財産権を守る法律で、「種子法」廃止によって、種子をしっかり生産させるという行政の責任を規定した法律はなくなってしまいました。「今は食糧難の時代ではないので種子が足りなくなることはない」と農水省は力説しますが、1993年、冷害により東北の農家が種もみを取れなくなることがありました。そのとき、南の石垣島の種が東北に届けられたのです。つまり、「種子法」とは都道府県ごとに種子を守るだけではなく、日本全体で協力する体制でもありました。気候変動が激しくなり、大地震が起きる可能性もあります。そんなとき、行政の責任をなくしてしまったことは大きな問題をはらむことになるでしょう。

 今後、危惧されることとして、多様な品種の種子を守るにはとても手間と時間がかかるので営利事業ではできません。つまり、多様性がなくなり、地域特産の種子がなくなること、種子の価格が高騰し、離農する人が増えること、さらに、農業が盛んでない都道府県の農業試験場などが規模縮小または廃止されることが考えられます。また、「種子法」廃止とともに「農業競争力強化支援法」が制定されました。これは、地方自治体が持っているノウハウを民間企業に与えなさいという法律で、私たちの税金で研究している農場試験場で蓄積された知識や技術を多国籍業に売り渡すことになります。

「種子法」廃止の背景

 今、民間企業による民間品種で一番シェアの大きなものは三井化学の「みつひかり」(2品種)で、公共品種の種子をもとにF1化したものです。1つの穂に最大2〜3倍も実がつくので収量は高いと三井化学は主張しますが、大量の化学肥料と農薬が不可欠。生育期間は通常の米より2ヵ月ほど長く、種子の価格は7〜10倍です。また、大型コンバインが必要で小規模農家には不向き、現在、収穫されたお米は「吉野家」で使われています。

 住友化学は公共品種を改良して3品種の「つくばSD」を販売しています。これらも大規模農家向けでセブンイレブンのおにぎりなどで活用されていると報道されています。日本モンサントの「とねのめぐみ」も公共品種を交配したもので大規模農家向けです。

 「種子法」が廃止されても腕に自信があるから大丈夫だという農家もいるかもしれませんが、自由な農業はできなくなり、農業のあり方は企業が決めることになるでしょう。大企業が開発した種子を使うためにはライセンス契約が必要となり、農家は企業の契約生産者とならざるをえなくなる可能性がとても大きいです。というのも、そうした種子はあくまで企業の所有物であり、農家の自由にできないものになってしまうからです。農業のあり方、食のあり方が変わってしまうのです。

 そもそも種子の開発や維持には莫大な手間と年月がかかる一方、市場は必ずしも大きくありません。多様な種子を維持することは営利企業には不可能です。つまりそれは儲からないからです。それなのに、なぜ世界的な企業であるモンサントなどが種子事業に参入するのでしょうか。化学企業が売りたいのは種子という以上に化学製品である農薬なのではないでしょうか。今、世界的に農薬を規制しようという動きが起きているので、種子と農薬をセットで売ることで市場を確保したいというのが本音だろうと思います。そして、種子の種類を減らし、種子を独占してしまえば利益も上がります。

 昨年、日本政府は知財立国を掲げ、イノベーション統合戦略会議を創設しました。農業分野ではバイオテクノロジー部門を強化し、知的所有権で種子を売っていきたいというのです。米国ではゲノム編集した大豆を収穫。日本に輸出したい米国の意思に沿えるよう国会で審議せず急いで規制緩和し、まもなく日本市場に入ってきます。米国ではゲノム編集小麦も登場間近、日本でも栽培が始まる可能性があります。住友化学はモンサント(現バイエル)とタッグを組んで世界に新たな遺伝子組み換え作物を販売する計画があります。

 そして、TPP発効により参加国すべてにUPOV91(植物の新品種の保護に関する国際条約)の批准が義務づけられ、等しく「モンサント法」の厳格化が求められる可能性があります。日本ではさらに「種苗法」が厳格化され、自家採種原則禁止に変わる可能性があります。

世界は種子を守る動きへ

 米国では80年間で93%の種子、世界では100年間で94%の種子が農業生産から消えてしまいました。アイルランドでは19世紀に主食のジャガイモがウイルスでほぼ全滅し、2割の人が餓死、2割以上が移民して人口がほぼ半減しました。同じようなことが1970年代にインドとインドネシアで起きようとしました。同じ改良種を一斉に栽培したところ、水田がウイルスに襲われましたが、この地域には6273種の品種があり、その中からウイルスに強い品種が見つかり、悲劇を繰り返さずにすみました。生物多様性を守ることは私たちの命の保証になるのです。

 今、世界では生物多様性を守ることを多くの国が確認しています。生物多様性条約はほとんどの国が批准し、また、農業の生物多様性を確保する重要性と農民の種子の権利を明記した「食料及び農業のための植物遺伝資源条約」がつくられ、多くの国が調印しました。日本政府も2013年に調印しましたが、「種子法」廃止は国際条約違反です。

アグロエコロジーへ転換

 気候変動が激化していますが、食の生産から流通までの食のセクターが最大の温室効果ガスを排出します。44%〜57%に達するという指摘もあるほどで、米国では270キロカロリーのトウモロコシの缶詰め1個を生産するのに2790キロカロリーを消費。化学肥料の製造には世界の1.5%のエネルギーが使われています。農薬や化学肥料は化石資源からつくられ、持続不可能な工業型農業や食が環境破壊の根幹の原因になっているのです。

 一方で、気候変動を止められるのは農業だけです。フランス政府はパリCOP21会議で1000分の4イニシアチブを提案、大気中のCO2を土壌の中に吸着することで土壌の栄養は増し、農業生産力も高まり、水害や日照りにも強くなります。

 今、世界ではアグロエコロジーに基づく食の生産により問題の解決策を求めています。アグロエコロジー的生産を可能にするには種子がなければ実現できません。

 アグロエコロジーとは、生態系の力を活用した農業こそが世界の食料問題を解決し、健康被害や環境汚染などの解決策となるという考え方に基づいた農業で、世界中に急速に広がっています。そして、世界各地の種子を守る運動の共通の旗印となり、フランスは新法をつくり、EUの農業政策(CAP)にも影響を与えています。英国ではアグロエコロジー推進議員連盟がつくられ、国連FAOもアグロエコロジー推進を2014年に決定しています。

 バンダナ・シバさん(インドの環境活動家・哲学者)は20年以上前から「種子の自由」運動を提唱し、世界の食に関する市民運動、農民運動に大きな影響を与えてきました。市民ばかりではなく、国連でも大きな転換が行われました。かつて大規模化、企業化を進めていたFAOも小規模家族農業の推進に転換し、2014年は「国際家族農業年」となりました。さらに、国連は2019年から2028年を「家族農業の10年」と決定し、小農・農村で働く人々の権利宣言を発しました。そこには種子の権利を明言しています。

 世界各地の伝統的な農業ではタネ採りなど女性が農業の中心でした。医療・農業など命を守る活動は女性が担ってきたのです。近代農業では女性の役割は周辺化・排除され、タネは商品となりました。アグロエコロジーでは女性たちが生産手段を手にして力を得ています。

四国・関西の会員生協でも印鑰さんの講演会が開催され、多くの組合員・役職員が参加しました。写真はコープ自然派事業連合で開催された時のものです。

都道府県での新たな動き

 タネ採りは大変な作業なので民間企業に任せると多様性がなくなってしまいます。自由な種子がなければ自由な社会はつくれません。種子の権利を守る新しい法律をつくりましょう。

 2017年5月、全国各地で農協など農業団体が知事に主要農産物の奨励品種にかかる原原種、原種の確保のための予算措置について要請。新潟県、兵庫県、埼玉県は独自の条例で公的種子の事業を継続しています。埼玉県は在来種の主要農作物にも踏み込んでいます。長野県、北海道、山形県、富山県も独自条例制定へと動いています。長野県は「種子法」の範囲を超えて、そば、あわ、きび、小豆の種子の供給・普及にも踏み込んでいます。全国の100を超える自治体が種子を守ることを求める意見書を提出しました。

 2019年から2028年は世界で小規模農家を強化する「家族農業10年」です。誰もができる皆農としての家族農業、そして、都市農業や家庭菜園、学校での栽培は今、世界的に期待されています。

Table Vol.390(2019年4月)