森に足を踏み入れると、ひんやりした空気を感じ、子ども達の小さな足音がカサコソ枯れた音に変わって来た。道筋には柚子や柿、はやと瓜やあけびがたわわにぶら下がり、実りの秋は真っ盛り、大人もワクワクしてしまう。子ども達はひと月前よりもしっかりした足取りで、なかほどにある太い蔓のブランコを目指す。風はきらないけれど、小さなお尻がちょうど収まる森の宝物は、いつもそこで待っていてくれる。でこぼこの大地を踏みしめ、思い思いに拾った秋の贈り物を小さな手に握りしめ、ののはなのおうち(以下おうち)に帰る足取りは軽い。

 落ち葉焚きの焼き芋が恋しい季節なのに、近頃は焚き火もままならない。日常の中でもほのおを見ることは本当に少ない。もちろんおくどさんも薪のお風呂もなく(だから暖炉が静かなブームなのか)、ガスも危ないからとIHヒーターが増えている。チャッカマンが出回り、お墓参りでも蚊取り線香でも、マッチを擦ることがなくなった。

 いざ今日こそは!と、おうちに戻りほんの小さな焚き火を囲んで(セキニンシャはちょっとドキドキしながら煙の行方を見つめ…)、柿の葉っぱのお皿に焼き芋をのせてアツアツを頬ばる。少し高揚した表情の大人も子どももほのおに見入ったり煙たがったり、いつもと違う環の中でほっこりする。焚き火はどこか浄化(浄心?)作用が働くのか、森から帰って来た時のように、みんなの顔つきがふわっと緩んでいくのが不思議。日常の中で希少になっているこうした自然の風景は、実はヒーリングそのものなのだと実感する。

 シュタイナーの気質論では、人が「地」「水」「風」「火」という四つの気質をどう持ち合わせているか、理解することがとても大事だといわれている。周りの環境や親の影響が大きい子ども時代に、大人がどう関わるのかが問われるとは荷が重い。けれどそれは、どうバランスよく在ろうとするのかという大人の自己教育でもある。そして人と自然との中にはこの四つの共通した力が働いているんだと改めて思う。責任感を持って頑張りすぎてるナァと、鏡に映る眉間のしわに気がついたら、風に吹かれてゆるゆる緩めればいい。理不尽な事、腹立たしい事にざわざわする時は「今、私の火力マックスかも!」と深呼吸して我に返る鎮静剤と受け止める。血液型は生涯変えられないけれど、気質を知ることは自分も人も認めて理解しようという一つの窓口かもしれない。

 翌朝、おうちの前の小さな畑に植えてあった小松菜と、芽を出していた大根の双葉が、大きな足跡と共に掘り起こされていた。夜のうちに森からやって来たノーム、ではなくイノシシにやられてしまったのか?焼き芋の残り香に、さつまいもと間違えて鼻を突っ込んだに違いない。いや近所の丸々とした猫の仕業か?そう、自然とは思い通りにいかない出来事に溢れている。(ohisama)

ohisama プロフィール
「NPO法人みのおシュタイナーこども園友愛会」が今年5月より「NPO法人ののはなのおうち」と改め、代表理事を務める。コープ自然派おおさか組合員。

Table Vol.381(2018年12月)