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巻頭インタビュー

生きものも含めた「みんな」が健やかな食べものづくりへ(東京大学大学院教授 山室 真澄さん)

水辺の生態学を研究する山室真澄さんは2019年、島根県宍道湖のワカサギとウナギの激減にネオニコチノイド系殺虫剤(以下、ネオニコ)の影響を示唆する論文を発表し、社会に衝撃を与えました。山室さんは、生きものがいるところで食べものをつくることの大切さを語ります。

山室 真澄 | YAMAMURO Masumi
名古屋生まれ。幼少期から水辺に親しみ、高校2年生で米国の高校に編入。帰国後、東京大学・文科三類に入学。理学部地理学教室に進学し、学生時代の卒業研究から学位論文まで宍道湖の生きものをテーマに研究。その後も一貫して同湖の研究を続け、2019年『Science』誌にて論文を発表する。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。専門分野は陸水学、沿岸海洋学、生物地球化学。

水辺は食べものを取るところ

──水辺の環境と農薬に着目したきっかけを教えてください。
山室
 釣り好きだった父親の実家は農家で、戦後に農薬や化学肥料を使い始めたのですが、その頃は使う人も命がけで使っていた感じなので、自分たちの米にはまかなかったんです。子どもの頃、三重県にある父の実家に行くと、いつも長良川でたくさんシジミを採っていました。琵琶湖でもタオルですくえるほどホンモロコが捕れたんです。私の中には、水辺は食べものを取る所という意識があるのですが、どんどん生きものが消えていきました。

環境影響を受けやすい宍道湖

──宍道湖はどんなところなのでしょう。
山室
 かつては宍道湖でもウナギが大量に捕れて、学位を取った時には漁師さんたちがウナギ尽くしの宴会を開いてくれたのですが、その数年後にほとんど捕れなくなってしまいました。
 宍道湖の調査は学生時代の1980年頃からずっとやってきました。東京大学の環境問題研究法入門というゼミの研究テーマとして、全国一のシジミの産地になった宍道湖の淡水化問題に首を突っ込んだのが最初でした。
 海にも淡水の湖にもいろんな貝がいますよね。ところが、宍道湖は淡水と海水が入り混じる「汽水湖」なのでシジミしか棲めないんです。シジミは貝殻を除いても、湖底にいる動物の重量の98 %以上です。ですから、シジミが何をどれくらい食べて、どれくらいのものを糞や尿で出すのかを調べたら、湖底の動物が湖全体の物質の流れにどれくらい影響しているのか、数値で説明できるんです。こんなことができるのは世界で宍道湖だけで、それを学位論文にしたところ国際誌にも掲載されました。

──宍道湖は特殊な環境なのですね。
山室
 動物は釣りエサにするゴカイの仲間を含めても20種類もいなくて、ユスリカの仲間も2種類しかいないんです。学生時代から30年にわたって宍道湖を研究し続けてきたので、水質や、どんな動物や植物がいるかなど全て分かっていました。豊かに見えても、何かあればすぐに壊滅的な影響を受ける生態系なんです。幸いなことに、宍道湖は1960年代に干拓・淡水化が決まった時からの詳細な調査が報告書として残っていて、動物プランクトンも国交省が毎月調べていたデータの1980年以降分を提供いただき、ネオニコ使用時に激減したことを示せました。データを残すのは重要ですね。

ネオニコ使用開始と同時に魚が激減

──調査の結果を教えてください。
山室
 1992年から94年にかけてワカサギとウナギが激減しました。一方で、シラウオは捕れる年もあり影響が少ないんです。ということは、一律に魚毒性の農薬にやられたとか、護岸工事の影響や温暖化が減少の原因ではないということです。
 では、ワカサギ・ウナギとシラウオの違いは何かというと、エサが違うんです。ワカサギはユスリカの幼虫(昆虫)や成長初期には動物プランクトン(甲殻類)を食べます。ウナギはエビ・カニ類などの甲殻類が主なエサです。これに対して、シラウオは成長初期に珪藻(植物)など節足動物以外も食べるんです。

──いったい何があったのでしょうか。
山室
 1992年11月に世界で初めて開発されたネオニコ系殺虫剤であるイミダクロプリドが日本で農薬登録され、翌年、稲作の開始とともに使用されたのです。農薬企業は、ネオニコ系殺虫剤は害虫だけを殺すといっていましたが、同じ神経系を持つ節足動物もやられてしまうのは当たり前のことです。エビ類やオオユスリカの幼虫を含む湖底にいる節足動物もネオニコ導入後に激減しています。

なぜネオニコ系農薬が魚が減った原因なのか

──ネオニコ系殺虫剤の特徴は?
山室
 まず「神経毒性」で、水を介して全体に浸透する「浸透性」が大きな特徴です。さらには「残留性」も大きな特徴で、浸透した上に水や土壌で長時間残ります。以前は農薬がかかっていても皮をむけば大丈夫といわれていましたが、ネオニコは植物の中まで浸透し、実の中に入り込んだ虫も退治できることから林業や園芸、都市の害虫駆除、ペットのノミ取りなど広く使われるようになりました。
 それ以前も合成殺虫剤は使われていて、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を書いた1962年頃に広く殺虫剤として使われていたのは有機塩素系のDDTで、その後、有機リン系が主流になりました。どちらも人への害が明らかになり、次に出てきたのがネオニコです。

──なぜネオニコでいきなり影響が出たのでしょうか。
山室
 ネオニコが初めて浸透性だったからです。つまり水に溶ける。水に溶けるものを水田に散布したらどうなるか、考えれば当たり前のことですよね。なおかつネオニコは分解しにくい。農薬企業は、植物に浸透してよく効いて、効き目が長持ちするので良いという言い方をしますが、農薬として優れていること全てが水界生態系に悪影響を与える要因だったんです。そして、ネオニコ系以外にも、ネオニコ類似農薬と呼ばれるフィプロニルなども浸透性、残留性の高い殺虫剤で、これらの作用はネオニコ系殺虫剤と同じです。

──使い続けるのは危険ですね。
山室
 EUで2013年にネオニコチノイドの摂取基準値を引き下げたのは、ネオニコチノイドが人間の神経システム、特に脳に悪影響を与えることが懸念されたからです。この決定は日本の木村-黒田先生らの論文が基になったのですが、日本では規制が進んでいません。神経毒性以外にも多くの国の研究で肝臓・血液・生殖毒性、発達毒性、内分泌かく乱などさまざまな影響が報告されています。医薬品は人で実験して悪影響がないことを確認して初めて出回ります。農薬も私たちが飲食するのに人で実験しないで安全だというのはおかしいですよね。また、複合汚染の問題もあります。水田の農薬だけでも多くの種類があって組み合わせもたくさんあり、それを確かめる実験はできないんです。

日本の水道水よりネオニコ濃度が低いインドネシアの田んぼ

──全国の水道水を調査されたと聞きました。
山室
 結論から言うと、活性炭処理をしている自治体ではネオニコは出ません。ゼロという意味ではなくEUの飲用水基準未満です。今回の水道水調査で最もネオニコ濃度が低かったのは秋田県大潟村の水道水でした。そこでは八郎湖の湖水を直接使うのではなく、干拓堤防を浸透させた水を使っています。八郎湖の水のネオニコ濃度は数千ナノグラム/ Lありますが、堤防で浸透させることにより一桁台になっています。

──海外でもネオニコ規制のゆるい国がありますね。
山室
 米を食べる害虫のウンカが農薬に耐性をつけるのは南・東南アジアの水田地帯で農薬を大量に使っているからだという日本の学者もいるので、世界で3番目に米の生産量が多いインドネシアの留学生に水を持って来てもらいました。すると、農薬を使う時期のインドネシアの田んぼの水の方が、日本の水道水よりもネオニコ濃度が低かったんです。ネオニコ系農薬は高額なのであまり使っていないのでしょう。

──日本でも使用を減らしたいです。
山室
 日本の農家も本当は高価な農薬を買いたくないのだと思います。また農業者から農薬は怖い、農薬を使ったものは食べない方がいいという意識が減ってしまった一つには、農協の指導が影響したのではないかと思っています。害虫が出たから殺虫剤をまくのではなく、マニュアルに沿って面積に応じた農薬を購入させ、使い切らせるという指導が続いてきました。
 コウノトリの豊岡市やトキの佐渡など、農協単位で変わることで殺虫剤全体を大幅に減らしている自治体もあります。島根県奥出雲町は山奥の過疎化地域で、このままでは町が破産するとの危惧から町として農協と決別して、農薬を大幅に減らし、米の販売も町が行うことにしました。日本農業遺産に選ばれ、世界農業遺産選定を目指しています。

生きものがいるところで食べものをつくる

──山室さんはご自分で野菜を育ておられますね。
山室
 自分が食べる野菜と果物はほぼ全部自分の庭でつくっています。実家では家庭菜園でつくった無農薬の野菜が食卓に並んでいましたし、食べものは自分でつくるのが当たり前だと思ってきたので。うちの庭には食べものがゴロゴロあって、果樹の下にはニラやコネギなどが勝手に生えてきます。ニホンミツバチも飼っています。水もエサもやらなくていいので犬を飼うより楽ですよ。ハチのおかげで果物がとてもたくさんできます。お茶もつくっていて、チャドクガがたまに湧くことがありますが、すぐに鳥が食べてしまうらしく、大丈夫です。

庭には野菜や花とともにプルーン、キウイ、ブドウ、ベリー類、桃、柑橘類ほか数えきれないほどの果樹が植えられています。
プラムとハチの巣箱。足元にはコネギとニラ。

──仕事をしながらの作業は大変では?
山室
 自分が食べる分くらいならそんなに手間はかかりません。父が子どものころの農家はみんな有機農業でしたし。夏場はたまに草取りをして、抜いた草を野菜の根元に敷いておくとあっという間に分解して肥料になります。冬場は虫もいませんし、夏もアブラナ科など虫がつきやすいものを育てなければ殺虫剤はいらないですね。
 農薬は使いませんが、広くない庭なので堆肥をつくる場所もなく、化学肥料は使っています。だから有機農業ではないんです。酸性雨でなくても雨に硝酸が入っているので、酸性土壌にならないように主に苦土石灰とリンをまいています。雨で窒素過多にならないようにバランスを取る感じです。家庭菜園に限らず、生態系を含む環境を漠然とではなくわかろうとする上で、窒素やリンといった元素の働きを意識することは必要かなという気はします。

──生態系と化学の視点が要るのですね。
山室
 私たちの安全というのは、ただ農薬や化学肥料を使わないというのではなく、いろんな生きものがいるところで食べものをつくることが安全の担保になると思います。例えば、フナやドジョウは昔は田んぼにたくさんいました。若い有機農家たちから、田んぼはそういう食べるもの、重要なタンパク質を育むところだという主張を聞いたことがないのが気になります。水田を水界生態系の一部と意識していれば、何か異変があった時に気づけますから。

ヘタから育ったパイナップルの実。バナナ、アボカドなど熱帯果樹は鉢植えで育てています。

「みんなの」という視点を

──環境と食を考える上で大切なことは何でしょうか。
山室
 私は、ホモジナイズせずに低温殺菌した「みんなの牛乳」を乳業メーカーと一緒につくり出した小寺ときさんに多くを教わりました。小寺さんは市民運動の立場なのですが、市民運動ならなんでもいいとは決して言わず、必ず「みんなの立場」を基にされていました。除草剤がなぜ環境に悪いのかなど、生活の中から科学が生まれ、食べものだけではなく環境まで含めた「みんな」が正しいもの、健やかなものであってこそ、人間も何もかも持続的だということを教えてもらいました。水環境を研究して、小寺さんの「農薬は全てを断ち切ってしまうのよ」という言葉が本当にわかったような気がしました。まずは、「みんなの」という言葉が定着してもらいたいと思っています。

──断ち切らないために、生活を科学することも大切ですね。
山室
 今起きていることは水を汲めば分析できますので、測定できる機関を巻き込んでいくのも手ですね。ネオニコの問題は水辺の話だけではないんです。お役所が言うから正しい、安全だと騙されないで、生活の中で気づいた声を上げて動いていってほしいですね。
 自然の生きものも含めた「みんなの」という視点を自然科学に通じるものとして大切にしながら、水環境を通した研究でみんなのために役立てればいいなと思っています。

Table Vol.513(2025年5月)

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