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巻頭インタビュー

プラスチックは地球をめぐる(環境ジャーナリスト栗岡 理子さん)

海洋プラスチックごみ、マイクロプラスチック、そこに含まれる有害化学物質……プラスチックの問題は多岐に渡ります。私たちの暮らしとプラスチック問題はどのようにつながっているのでしょうか。環境ジャーナリストとして日本消費者連盟などで活動する栗岡理子さんに話を聞きました。

(c)婦人之友社 自宅にて
栗岡 理子| KURIOKA Riko
1980年代に市民団体に参加したことがきっかけで、環境問題に関心をもつ。以降、ごみ問題(古紙問題、プラスチック問題等)を中心に活動。子育て一段落後、大学院に進学。2018年3月修了(博士:経済学)。専門は環境経済学。現在、環境ジャーナリストとして、環境・CSR誌「オルタナ」編集委員、日本消費者連盟などで活動。

プラスチックによる被害

──プラスチックごみといえば、まず河川敷や砂浜に散乱するペットボトルなどを思いうかべます。
栗岡 そうですね。川や海で実際に目にしたことのある人も多いと思います。報道でも、ウミガメやアザラシが廃棄された漁網にからまったり、海鳥の胃から大量のプラスチック破片が出てきたりといった痛ましいニュースを見たことがあるのではない でしょうか。そのような目に見えるプラスチックごみの被害は、1960年代以降大きな問題となってきました。しかしいま、目に見えない小さなプラスチックによる環境汚染がより深刻になっています。マイクロプラスチックと呼ばれるもので、プラスチックの製造、使用、廃棄、そして海洋プラスチックごみの劣化まで、すべての過程でプラスチックが発生し、風に舞い、雨や雪となって地上に降り注ぎ、そしてまた川から海に流れて、地球全体を循環しています。

──私たちが呼吸する空気や、飲む水にも含まれているということですか。
栗岡 はい。私たちが呼吸で吸い込むマイクロプラスチックの個数と、食べものから摂取するマイクロプラスチックの個数はほぼ同じだといわれています※1。体内に取り込まれたマイクロプラスチックは、血液を通して全身に運ばれます。ナノサイズ(1㎜の100万分の1)のマイクロプラスチックを動物に食べさせる実験では、子宮や精巣に溜まって妊娠しにくくなったり、聴力が落ちたり、自閉症やアルツハイマー病のような症状を引き起こしたりと、さまざまな悪影響が報告されています。そして、ヒトへの影響も少しずつ研究が進んでいます。

──例えばどのような研究があるのでしょうか。
栗岡 これまでの研究で、ヒトの内臓のほぼすべてからマイクロプラスチックが検出されていますが、脳は血液脳関門という強力なバリアで守られていると考えられていました。しかし2024年9月に発表された論文で、はじめて脳からマイクロプラスチックが検出され、その量は脳の重量の0・5 %を占めるほどだったといいます※2。また別の論文では、鼻の上にある嗅球という嗅覚を司る脳の組織からマイクロプラスチックが検出されたと報告されています※3。これらの研究から、マイクロプラスチックが血液脳関門を突破して脳へ達していること、また血液脳関門を通らないルートとして嗅覚経路からの侵入が示唆されています。

 イタリアの研究では、首の血管にできたプラーク(動脈硬化)の切除手術を受けた約250人を追跡調査した結果、プラークの中にマイクロプラスチックがあった人は、なかった人に比べて、その後の約3年間に心臓発作や脳卒中などを起こす割合が4倍以上も高かったという報告もあります※4。どのようなプラスチックがどこに溜まりやすく、どのような健康被害をもたらすのかについてはまだ未解明な部分も多く、今後の研究結果が待たれます。

暮らしの中でできること

──どうすればマイクロプラスチックの摂取量を減らすことができるでしょうか。
栗岡 例えばペットボトルを常用しないこと。ペットボトル飲料水には1リットルあたり24万個のマイクロプラスチックが入っているという報告があります※5。紙コップもプラスチックでコーティングされているものがほとんどなので、熱い飲み物を入れると大量にマイクロプラスチックが溶けだします。また、コーヒーのドリップバッグやティーバッグの不織布の主な原料はプラスチックですから、それにお湯を注げばコーヒーや紅茶の中にマイクロプラスチックが入ってしまいます。

──プラスチックそのものだけでなく、プラスチックに含まれる化学物質が問題だとも聞きます。
栗岡 2022年の名古屋市立大学の研究では、冷凍食品や市販の弁当を週に1日以上食べていた妊婦は、ほとんど食べていない妊婦と比べて、死産の発生率が2倍以上高かったという報告があります※6。原因は特定されていませんが、冷凍食品や弁当をそのまま電子レンジで温めた結果、プラスチック容器に含まれていた化学物質が溶け出し、このような影響を与えたのではないかと考えられています。プラスチック容器に入った食品を電子レンジでそのまま温めることも避けたいですね。

海岸ゴミ
側溝に溜まる発泡スチロール(ポリスチレン)

──食べもの以外ではどうでしょうか。
栗岡 マイクロカプセル入り柔軟剤などを使わないことが重要です。また、庭やベランダにプラスチック製品を置かないようにすることも効果的です。プラスチック製品は日光に当たると劣化が早まり、破片やマイクロプラスチックの拡散につながります。なかでも人工芝は大きな問題です。都会では、土埃への配慮や水はけの効果を求めて、小学校のグラウンドや保育園の園庭を人工芝やゴムチップ舗装に変えるところが増えています。どちらも大量のマイクロプラスチックが飛び散るうえ、土に比べて高温になりやすいので熱中症のリスクとともに、有害化学物質の揮発の危険性も高まります。さらに韓国の研究では、ゴムチップの公園は土の公園と比べてがんのリスクが10 倍になるという報告もあります※7。スポーツの分野でも、サッカー場、野球場、テニスコートなど多くの競技場が人工芝になっていますが、人工芝は天然芝に比べ怪我のリスクが高いという研究結果も多くありますし、過去にはワシントン大学サッカー選手のがんや、大リーグ選手の脳腫瘍罹患の原因として人工芝が疑われたこともあります。小さな子どもたちやアスリートの環境としてどちらがよいか、冷静に考えてほしいと思います。

人工芝の保育園園庭
ゴムチップ舗装とプラ製遊具の公園

──外に出るのが怖くなります。
栗岡 ところが実は、一般的に屋外よりも室内のほうがマイクロプラスチック濃度が高いことが分かっています※8。私たちは衣類や寝具、じゅうたんやソファとしてプラスチック(化学繊維)のものを多く使っているからです。できるだけ自然素材のもの、せめてPFAS(有機フッ素化合物)が使われる防水処理や防汚処理をしていないものを選んでほしいと思います。そして、テーブルや床に堆積するマイクロプラスチックを、掃除でしっかり取り除くことも大切です。自宅は自分たちでコントロールできる空間です。できるだけプラスチックを持ち込まない暮らしを工夫してみてください。

社会を変えるために

──とはいえ、プラスチックをゼロにするのは現実的だと思えません。 
栗岡 そうですね。今すぐにすべてのプラスチックをなくすことは難しいと思います。そこで、せめて塩化ビニルやポリスチレンといった問題のあるプラスチックは使わないことをオススメします。塩化ビニルはコープ自然派では取り扱っていないそうですが、ポリスチレンは発泡スチロールの形でトレイや納豆の容器、通い箱などに使われています。今すぐに変更することは難しくても、別の素材を探し始める必要があると思います。自然素材では、植物セルロースを使ったものがプラスチックの代替として開発されはじめていますが、まだ高価で、技術的には可能でも経済的に難しいという段階です。また、製造者責任という意味では、私はヨーロッパのようにプラスチック税を導入すべきだと考えています。製造時にプラスチックを使ったら、その分課税されるようになれば、使用量を減らすことにつながります。

──法律ではどうなっていますか?
栗岡 日本では1995年に容器包装リサイクル法(容リ法)ができました。この法律では、ガラス製容器、ペットボトル、紙製容器包装、プラスチック製容器包装などを対象に排出抑制、分別収集、リサイクル等について定めています。しかし分別収集や選別・圧縮・保管費用をすべて自治体が負担し、製造者の責任はリサイクル(再商品化)費用しか認められませんでした。さらに、2022年に始まったプラスチック資源循環法(プラ循環法)では、対象商品が容器包装だけではなくプラスチック製品全体に拡大されたものの、容リ法対象品以外は、リサイクル費用まで自治体負担とされてしまいました。本来、製造者には製品の生産と使用段階だけではなく、廃棄やリサイクルまで責任があると考えます。これを「拡大生産者責任」といいます。日本でこれほど使い捨てが増えてしまった原因は、拡大生産者責任が非常にないがしろにされてきたからだと感じています。

──社会の良い変化を感じることはありますか?
栗岡 量り売りのお店が増えているのは嬉しく感じています。また、リユース容器を用いた購買システムでは、イオンなどが導入する「Loop」や、スターバックスなどと連携する「Re&Go」など新しい仕組みに期待していますが、現状では利用者があまり増えていないようで残念です。少し不便だったり、少し値段が高くなっても、「それでも買う」という消費者運動をつくっていくことが、社会を変えるためには不可欠だと感じます。コープ自然派がペットボトルを原則販売しない方針だというのは素晴らしいことだと思います。こういう動きが広がっていくといいですよね。

 11月には、国際プラスチック条約に向けた最後の国際交渉が韓国で行われます。2023年に開催されたG7環境相の会合で「2040年までにプラスチックごみによる新たな汚染ゼロ」という目標に合意しています。この目標達成のためにも、条約にプラスチック総量や化学物質の制限、拡大生産者責任を盛り込み、取り組みの加速につながればと願っています。

仲間とともに意思表示

──プラスチック問題に向き合う心構えを教えてください。
栗岡 私たちは地球上どこにいても、何を食べても、マイクロプラスチックから逃れられない状況にあります。今すぐに解決するのが難しい問題ですから、あまり深刻に考えると気持ちがしんどくなってしまうかもしれません。私自身は、「今のところプラスチックで死んだ人間はいない」と開き直り、その上で「これ以上ひどくしないために自衛しましょう、行動しましょう」というスタンスでやっています。私が40年もの長い間ゴミ問題に関わり続けられたのは、仲間に恵まれてきたからです。どんなに自分にとって興味のある活動でも、一緒にやれる仲間がいなければ挫折して泣き寝入りしていたかもしれません。考えないといけないことはいっぱいありますが、ひとりでできることには限りがあります。仲間のチカラを借りて、楽しく意思表示をしていきましょう。

※1 Human Consumption of Microplastics | Environmental Science & Technology
※2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38765967
※3 https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2823787/
※4 https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2309822
※5 https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2300582121
※6 https://www.nagoya-cu.ac.jp/media/20220419-1-1.pdf
※7 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31134396/#full-view-affiliation-1
※8 https://enpc.hal.science/hal-01195546/

Table Vol.508(2024年12月)

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