2024年8月12日、コープ自然派兵庫(ビジョン未来)は関西学院大学人間福祉学部教授の桜井智恵子さんを講師に講演会を開催。子どもの権利を手がかりに、大人も子どもものびのび生きていくためのヒントを聞きました。
個人化教育は時代遅れ
日本の人口は2100年には現在の約半分になるという予測があります。これから上手に社会を「畳んで」いかなければならない時代に、子どもや教育を取り巻く政策は、まだまだ拡大路線を突き進んでいます。スイスのシンクタンク「ローマクラブ」が『成長の限界』を発表したのは1972年。成長や開発の限界を感じながらも目を逸らし続けてきた結果が、気候変動、ゲリラ豪雨、そして人の心の破壊です。桜井さんは「近代教育は、現実的ではない相当遅れたアプローチ」と。たとえば学校のテストは自分ひとりで答えを出すことを求められますが、仕事やくらしの課題は必ず仲間と協同で解決するもの。「特にコロナ禍以降、タブレットをつかった授業が増え、〝個別最適化〞が推進されていることを憂慮しています」と桜井さんは話します。
社会の問題を個人に矮小化させない
1990年代から広がった新自由主義では、成功も失敗も自己責任と切り捨てられます。そのような社会では、どうしても失敗を恐れ、自由に考えることから遠ざかり、社会全体が窮屈になっていきます。桜井さんは「夜、眠れていますか?自分で自分を見張ってひとり反省会をしてしまっていませんか?」と問います。
人文・社会科学では、人はさまざまな関係の中でものごとを決定しており、純粋な「自己決定」はありえないことが明らかになっています。例えば貧困の連鎖も、本人の責任以上に社会構造が影響して起こります。桜井さんは「新自由主義の自己決定論は資本家たちにとって都合がよかったがゆえに広がったのです。社会の問題を個人の問題に矮小化させる動きには注意が必要です」と話します。
子どもの権利のルーツ
1994年、日本は子どもの権利条約を批准しました。子どもの権利は、ユダヤ系ポーランド人小児科医ヤヌシュ・コルチャックの思想がルーツです。コルチャックは「子どもは今を生きているのであって、将来を生きるのではない」という思想を軸に、子どもに最善の利益を保障することを訴えました。しかし、「子どもの最善の利益」は政治的に利用されやすいので注意が必要です。「学習権」を例にあげると、新自由主義社会の中では、教育を保障することで将来企業で活躍できる「生産性の高い人材」をつくりたいという思惑が見え隠れします。このような考えに基づいた権利保障はコルチャックの意図するものではないと桜井さんは指摘します。
本当に支援されるべきは誰か
現在、いじめ、虐待、不登校、発達障害、ヤングケアラーなど、支援されるべき対象者を発見・支援することを重要視する「支援主義」が広がっています。しかし、例えばヤングケアラーがケアを続けられるように支援するのではなく、ヤングケアラーにケアを押し付けずにすむように、そのケアの対象となっている高齢者や障がい者などへのケアが拡充されなければ、子どもの権利は回復できません。「本当に支援されるべき対象が隠蔽され、問題の本質がずらされたまま社会体制の不条理が放置されるのを見過ごしてはなりません」と桜井さん。
「しょうがない」と諦めない
私たちは「しょうがない」と社会の課題から目をそらすことで、結果的に現状を肯定し、支えてしまっている側面があります。世界の秩序や常識を疑い、それを支持しないことで、社会を変えることができます。桜井さんは「人は経済や資本主義社会を支える〝人材〞や〝人的資本〞ではなく、生きる主体です。のびのびと生き、子どもたちも取り巻く大人も人権を保障するために、価値観をシフトしましょう」と呼びかけました。
Table Vol.506(2024年10月)