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巻頭インタビュー

ジャーナリスト金平茂紀さんが語る「新しい戦前」から「戦時下」へ

2024年6月21日、コープ自然派兵庫は総代会第二部で金平茂紀さんの講演会を開催。ジャーナリストとして社会を見めてきた金平さんに、一気に戦争へとすすみつつある日本の現状について聞きました。

新しい戦前と戦時下は地続きです。ウクライナは他人事ではありません。
金平 茂紀 | KANEHIRA Shigenori
ジャーナリスト。早稲田大学大学院客員教授。沖縄国際大学非常勤講師。1953 年 北海道旭川市生まれ。TBS モスクワ支局長、ワシントン支局長、「筑紫哲也NEWS23」編集長、報道局長などを歴任。2010 年より「報道特集」キャスター。2022年9月レギュラー退任し「特任キャスター」に。2004 年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2022年度外国特派員協会「報道の自由賞」受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』『筑紫哲也NEWS 23 とその時代』など多数。翻訳書に『じじつは じじつ ほんとうのことだよ』

「新しい戦後」への分岐点

 2022年は歴史の分岐点でした。2つの大きな出来事があり、ひとつは、2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵略戦争です。国際社会は大きく「正義論」と「和平論(平和論)」の2つに分かれました。正義論とは、正義を貫くためには戦争も辞さないという考え方で、国際社会の多数が正義論、日本もこの立場でアメリカに追随しています。一方の和平論は、あらゆる戦争に正しい戦争などない、人殺しは止めるべきだという考え方。私は和平論で、一刻も早く戦争はやめるべきだと思います。しかし、外交的手段の糸口は見えず、国連常任理事国のロシアが侵略の当事者のため、国連が機能不全に陥っていることは大きな問題です。

 2つ目が、七・八事件。奈良県で起きた安倍元首相の銃撃殺害事件です。あの事件が起きる以前と以降とでは大きく変わり、「パンドラの箱が開いた」といえます。それ以前には決して表に出てこなかった統一教会と政権与党との関わりや裏金問題も次々と出てきています。

惨事に便乗して戦争のできる国へ

 ウクライナ戦争や安倍元首相の事件で国民が茫然としている間に、一気に戦争ができる国へと変えてきました。このことをうまく説明している学者がカナダのナオミ・クラインです。2007年に出版した『ショック・ドクトリン=惨事便乗型資本主義の正体を暴く(岩波書店)』では、戦争や内乱、クーデター、大規模災害、大規模テロなど、ものすごくショッキングな出来事が起こると、人は冷静な判断力を失って茫然とし、そのことに乗じて為政者や利を得る者が普段ならできないことを勢いよくやってしまう手法を書いています。歴史をふり返ると、オウム真理教事件、東日本大震災、9.11同時多発テロなど数多く繰り返されています。

 この手法は、わかりやすくいうと火事場泥棒。消火に協力し水を運んでいる間に、戸締りがおろそかになっている家に泥棒に入るという一番やってはいけないことですが、今起きていることはまさに火事場泥棒です。戦争のできる国へと、一気に国のあり様を変えてしまいました。

被災者支援より国防

 ジャーナリストとして腹に据えかねることがたくさん起こっていますが、なかでも、能登半島地震の被災者が放置されていることは耐えられません。地震が起きたのは元日。最もひどい被害を受けた珠洲市は、半年を経過した今も水道や電気すら通っていないところがあります。これでも先進国だといえるのでしょうか。被災地では生きるか死ぬかの状態が続いている1月7日、陸上自衛隊のパラシュート部隊(第1空挺団)は「パラシュート降下訓練始め」を千葉県習志野市で大々的に行いました。同日の珠洲市は道路が寸断されて孤立し、救援物資も届きにくい状態でした。今まさに国民がパラシュート部隊の支援を必要としているときに訓練などしている場合ではないはずです。何かが狂っていないでしょうか。
 
 防衛大臣は「災害対応は待ったなし。他方、国の守りはゆるぎないこと、同盟国との関係がゆるぎないことを内外に示すことは重要。一層の抑止力の強化を」と発言しました。戦争できる国から戦争する国へと、戦争することが目的になっているため国民が二の次になり、結果、国民を棄てることにつながります。

 私たちは戦後という枠組みの中で生きてきたと思っていましたが、もはや「新しい戦前」という表現は生ぬるくて、むしろ私たちは「戦時下の入り口」にいるのではないでしょうか。

台湾有事を口実に沖縄の前線基地化

 第二次安倍政権以降、集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、憲法条を骨抜きにしました。そして岸田政権は安保関連3文書を閣議決定して敵基地攻撃能力を認め、殺傷能力兵器の輸出を容認し、安倍政権が始めた構想の総仕上げを行いました。

 台湾有事を口実に南西諸島を前線基地にしようという性急な動きは、もはや歯止めが外れた状態といえます。アメリカの言いなりに防衛費が決定され、自衛隊の指揮命令系統が「連携強化」という言い方で日米で一元化されれば、自衛隊がアメリカ軍の一部に組み入れられることを意味します。

 辺野古の埋め立て予定海域では、軟弱地盤に約7万本の杭を打つとんでもない工事が始まります。その巨額の費用も国民の税金です。日本の最西端の島、与那国町長は、「この島を国の守りの前線基地として受け入れる。一戦交える覚悟がある」と発言し、天然記念物が生息する湿地帯を壊して、軍港をつくる計画を進めようとしています。島の軍事化が進むと有事に島の人たちを危険にさらすことになりますが、反対運動をしていた住民も疲れ切っています。誰も声をあげられないほどの人と金とコンクリートがつぎ込まれ、町の人口の3割がすでに自衛隊関係者です。

講演中の金平さん。急速に軍事化がすすむ現状は、金平さんの友人である三上智恵監督の映画『戦雲』にも描かれています。

能登半島の2つの原発の歴史

 能登地震が起きたとき、志賀原発は運転を停止していました。もし稼働していたら人が住むことはできなくなっていたでしょう。そして、能登にはもう一つ原発ができる予定でした。それが珠洲市です。
 
 1975年、関西・北陸・中部電力合同で日本最大の原発を珠洲市につくる計画が持ち上がりました。土地買収がすすめられ、毎日、「原子力発電所は地震が来ても大丈夫」というチラシが配られ、著名人を呼んで、原発は安全だ、諦めなさいと住民を説得していきました。「札ビラで頬をたたく」とは露骨な言い方ですが、それが現に行われていました。しかし、少数の反対派が共有地を最後まで売らず、関電の株を買って計画撤回の株主提案をしたり、県・市議選にも関わり粘り強く反対した結果、2003年、とうとう電力会社は原発立地を諦めました。28年間闘い続けた反対運動があったからこそ、今の能登があります。

珠洲原発反対運動の原点

 原発反対運動の中心となったのが、浄土真宗大谷派のお坊さんでした。能登半島には浄土真宗の寺が多く、民衆の駆け込み寺のような機能をはたし、歴史に出てくる「一向一揆」の中心になったのも大谷派でした。お坊さんたちは「能登反原発の会」をつくり、そのビラには、「原発の必要としない時代、それはすべてのいのちの願い。子どもたちの未来にどんな時代をのこしますか?」と書かれています。

 反対運動の要となった円龍寺の第20代住職・塚本真如さん(79)を訪ねました。塚本さんが反原発運動を率先していたのは30代のころ。なぜお坊さんが原発建設反対運動を続けてきたのかという問いに、「強い者と弱い者がいたら、強い者につくのは坊主ではない。難しい方法と簡単な方法があったら、難しい方をやるのが坊主だ。それが父から受け継いだ教えです。父の教えをきっちりと守ると、原発を受け入れるわけにはいかなかった」と。震度6強の地震によって珠洲市は地面が5mも隆起し、避難道路は寸断されました。原発事故が起きても逃げることはできなかったでしょう。地震大国日本で原発はつくってはいけないものです。

国家の無理強い政策が続く

 原発政策への大転換も、国家の無理強いの一つです。第7次エネルギー基本計画で政府は原発増設を認める方針を打ち出しました。安倍政権も菅政権も、原発事故でふるさとに帰れない人がたくさんいて、廃炉作業に半世紀はかかる福島原発事故のことをみんな覚えているので、「増設」だけは絶対に言いませんでした。ドイツは福島原発事故を見て原発をやめました。なぜ日本ではいま、新しいエネルギー政策でこんなことが出てくるのでしょうか。有無を言わせずに圧しつけてくるのは、原発回帰以外にも、マイナンバーカードの所持、教育への政治介入などいくつもあります。

 権力の暴力がエスカレートしています。環境省と水俣病患者団体との懇談では、団体発言を3分に制限し、3分経過後なんとマイクを切ったのです。ひどい話です。公害被害者を守る立場の環境省の役人に、この感覚はあってはならないことです。政治資金の裏金も未解決のまま幕引きしようとしています。抜け道だらけの政治資金規正法が国会を通過しました。国民が生活に困っているのに、万博やオリンピック招致で景気を良くしようなどという考え方は20世紀の発想です。一人ひとりの生活が成り立つように考えるのが公の役目です。

不安定で不確かな毎日

 日本は中央集権時代が長く、都市部のみ栄えれば良しとしてきたので、地方が弱く、地域のコミュニティが壊れている国としてとても危険な状態です。本来、先進国というのは地域の力が強く、地方自治が守られているものです。

 私たちのくらしはどうでしょうか。医療や福祉、教育など、基本的人権に関わることは良くなっていますか?10年前から比べると物価が高騰し、生活は厳しくなる一方です。しかし株価は戦後最高値となり、企業優先の仕組みは一部だけが潤い、大多数を窮地に追い込みます。他国なら、どうなっているのだ!と倒閣運動が起こるレベルです。

パレスチナの詩人たちの声

ガザでは大量殺戮(ジェノサイド)による死者が3万5千人を超えました。パレスチナにルーツを持つアメリカ人がつくった『おなまえ かいて』という、子どもが主人公の詩があります。ガザの親たちは、油性のマーカーペンで子どもの足にアラビア語で名前を書くそうです。万が一、空爆でバラバラになってしまっても身元がわかるようにと、名前を書く動きが広がっています。ガザでは子どもが犠牲になることが日常的に起きています。

 戦争の本質は殺し合いです。正義のための戦争などありません。

私たちにできる意思表示

 この世界には、いろいろな抵抗や意思表示の仕方があります。詩を書くこと、歌を歌うこと、絵を描くこと、踊ること。さらに、良心的な兵役拒否や、指紋押捺拒否、マイナンバーカード拒否、インボイス制度参加拒否、選挙への投票参加、ボイコット、メディアへ意見を伝える、原発は嫌だと言うなど、いろんな方法があります。

 一番大切なことは、もし仮に占領されたりする事態になったとしても、自分の心の中は屈しませんという意志です。たとえ少数派であっても、間違っていることは間違っていると声をあげることが重要です。

Table Vol.504(2024年8月)

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