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くらしと社会

教育現場の”今”を語り合う

2023年11月4日、コープ自然派おおさかでは総代交流会を開催。『教育と愛国』上映後、斉加尚代監督と映画に登場する平井美津子さん(中学校教諭)が教科書や授業の問題点などについて語り合いました。

斉加尚代さん TVディレクター。担当番組は『なぜペンをとるのか─沖縄の新聞記者たち』『沖縄 さまよう木霊─基地反対運動の素顔』ほか20作品。著書に『何が記者を殺すのか』(集英社新書)など
平井美津子さん 中学校教諭。『教科書と「慰安婦」問題 子どもたちに歴史の事実を教え続ける』『「慰安婦」問題を子どもにどう教えるか』など著書多数

変質する学校と教科書

斉加 『教育と愛国』は2022年5月に上映を開始し、12月まで各地の劇場で上映、その後、自主上映が続いています。平井さんには映画制作でもお世話になりました。

平井 2017年、小学校で道徳が教科になった年に斉加さんと初めてお会いしました。そのときはTV版『教育と愛国』を制作しておられました。

斉加 上映後、各地でお話しする機会があり、子育て中のお母さんが目に涙をためて学校がこんなことになっているなんて知らなかった、と。また、わが子が学校に違和感を抱いた原因がわかったと話された方も。今、全国の小中学校で30万人近くの不登校児がいます。学校あるいは教科書がこの30年近くでずいぶん変質したことを感じます。

平井 30年以上、中学校で社会科を教えてきましたが、教科書検定制度が設けられてから、特にこの10年余りで大きく変質してきたと思います。安倍政権以降は政府の意向を反映した内容を書かせる検定が行われるようになってきました。これから教師が教科書の内容を批判的にとらえられるかどうかで教える内容がずいぶん変わっていくと思います。

斉加 教科書をどう読み取り、どう教えるかが問われるということですね。

平井 でも、今の学校は教師が多忙で、若い先生たちは授業内容を研究する時間がありません。教科書には指導書がついていて誰でも授業できるようになっていますが、同じような授業になっていく状況が怖いです。

斉加 教科書編集者も道徳の教科書を初めてつくるにあたって、文科省からどんな先生でもスタンダードな授業ができるよう要請されたと語っていました。それを聞いて先生たちがロボットのような存在になったらと想像して怖くなりました。

道徳は従順さを育てる教科?

斉加 1990年代から大阪の学校現場を取材してきましたが、私が尊敬する先生たちは教室にいる子どもたちが変われば授業も変わる、授業は生きものだとおっしゃっていました。特に道徳は子どもたちの内面に踏み込む恐れのある教科なので、スタンダードな授業が広がればどうなるのでしょうか。同時に、社会に適応する従順な子どもであってほしいと言わんばかりの徳目が最重視されていることにも危機感を覚えます。

平井 規則を守ることがもっとも重視されています。そこで私は揺さぶるんです。「規則って人間がつくったものだから、間違ったものもあるかもしれないね。その規則って本当に必要なの?改善できるものではないの?」と。

斉加 道徳は教え方によっては、すべて自己責任に追いやるという声もあります。規則を破った自分が悪いんだ、と。

平井 大学生になった教え子たちに聞いてみました。道徳ってどんな教科だったって。彼らは結論がわかっていて、こう書けばいいのだろう思ってた、と(笑)。

斉加 道徳は同調圧力とか空気を読むことを学ばせる教科ってことかな。

平井 みんなの意見を尊重しようと言っても、題材がそっちに行くしかないだろうというようなものばかり。また、何となく日本は良い国だと思わせるような言葉が端々に出てきます。例えば、姫路城の説明にわざわざ「日本古来のすぐれた」という言葉を入れたり。

「戦争」を伝えることの大切さ

斉加 那覇での上映会では、1人の男性が平井さんが子どもたちに戦争について語る真摯な姿に胸がいっぱいになった、と。また、1人の女性は祖父から聞いた沖縄戦の集団自決について周囲に語らなくなっていたけれど、この映画を観て、やっぱり伝えなければならないと思った、と。偶然ですが、映画を制作した直後にウクライナ戦争が勃発し、その後、イスラエル軍によるガザ爆撃が始まりました。

平井 岸田政権のもと、安保三文書が閣議決定され、防衛費がどんどん増額しています。私は「戦争は今日まで普通に暮らしていて明日いきなり始まることはない、戦争が起きるとき社会は変わっていくよ」と。そして、戦争は必ず弱い立場の人たちが被害に遭うことも授業で語っています。

斉加 与那国島を訪ねたとき、自衛隊駐屯地ができてミサイル部隊も配置されようとしていました。小学校の七夕飾りの短冊には「この学校が平和でありますように」「戦争が起きませんように」など切なる願いが書かれていました。力による支配が社会を覆うようになってくる危機感があります。

平井 6月23日、沖縄慰霊の日には必ず沖縄に行きます。以前、式典で隣に座られたおばあちゃんはわが子を沖縄戦で亡くし、この日は命日だと思っている、と。小学1年生の男の子が「平和ってすてきだね」という詩を朗読すると彼女は泣き出して私の手を握りしめました。沖縄の人たちにとって戦争は昨日のこと、その沖縄がまた戦場になろうとしています。中学の教科書では第二次世界大戦における沖縄戦や原爆について書かれているのは2ページだけです。

斉加 沖縄戦について学ぶ機会として、高校では修学旅行が活用されていましたが、最近では学習せずマリンスポーツで終えてしまうなど先細りしています。

教育の果たす役割とは

斉加 5年後、10年後に授業内容が蘇ることもありますよね。

平井 9・11で被害者を出したアメリカがアフガニスタンを攻撃したとき、そのことで何が解決するのか、世界平和につながるだろうかと授業で話しました。最初、子どもたちはピンときていなかったけれど、理解するにつれ絶対に攻撃したらあかんという意見がたくさん出ました。

 そして、ウクライナがロシアに侵攻されたとき、母親になっている教え子が電話をくれました。「ウクライナどうなっていくの?」と。「子どもたちがたくさん亡くなっている。絶対に戦争したらあかん」と私。「でも日本が攻められたらどうしたらいいの?」と聞かれ、「攻められて攻め返したら解決になれへん。だから日本は専守防衛といって攻められたら追い返す以上のことはしないと決めてるねん」。「自分の子が殺されたくないし、日本ももっと武器を持つ方がええかなと思う」と彼女。「武器を多く持つことで解決しない。一番ええんは日本が攻められんようにすること。それを国民として要求せなあかん」と私は話しました。

斉加 静岡で出会った教員を目ざす女子学生は、教育現場がこんなことになっているのは悔しいと涙を浮かべました。でも、何としても教師になる、と。

平井 中1で担任だった子が高3になり映画を観てメールをくれました。「…僕は歴史を学ぶ意味、特に戦争の歴史を学ぶ意味は人間の残酷な面も知ることだと思っています。人間は戦争という大義名分で大量殺戮を扇動できるし、人の尊厳を踏みにじることもできる。それは日本人だからとかアメリカ人とかではなく、人類に共通のことだと思います。それを知っていないと同じような状況になったとき、疑いなく国家のために武器を持ってしまうのではないでしょうか。大切なのは日本人であることに自信を持てる教育ではなく、ただ一人の自分であることに自信を持てる教育ではないかと思っています。…」。

斉加 彼は教育とは何かということを自分の言葉で見事に語ってくれていますね。一方で、「ちゃんとした日本人をつくるために」と語る学者もいますが、どういう国のどういう民族であっても一人ひとりを大切にする世界をつくっていかなければならない。そのための教育が世界の課題だと思います。

平井 関東大震災から100年目を迎え、歴史を勉強していない中1・中2生たちにも関東大震災で朝鮮人が虐殺されたという授業をどうしてもしたかった。今の日本で同じことが起きないと言えるかということを考えさせたかったから。

斉加 ソウルで上映会をして、韓国のメディア関係の方々にお話ししました。韓国でも政権によってさまざまな圧力があるようですが、跳ね返す力も強い、と。韓国人にとってつらい歴史も伝えていこうという気概があります。日本では負の歴史を隠そうとする人たちが多いですが、跳ね返す力が育つことを期待します。

進行は、コープ自然派おおさか清水常任理事

Table Vol.498(2024年2月)

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