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巻頭インタビュー

新たな放射線育種問題から食の安全・環境保全を考える重イオンビーム育種とは?(OKシードプロジェクト事務局長 印鑰智哉さん)

2024年1月30日、第9回生産者消費者討論会「私たちのみどり戦略実現への行動〜未来の子どもたちのために〜」が開催されました。生活協同組合連合会アイチョイスとコープ自然派事業連合(連合産直委員会)共催。毎年、生産者と消費者が対等な立場で農と食をめぐるさまざまな問題を話し合います。
基調講演では、印鑰智哉さんを講師に迎え、急速に導入が進められている重イオンビーム育種やゲノム編集の問題を中心に〝あるべき有機農業〞を阻む問題点について聞きました。

重イオンビーム育種について話す印鑰智哉さん。2022年から食からの情報民主化プロジェクトを構想・実行中。
印鑰智哉| INYAKU Tomoya
アジア太平洋資料センター(PARC)、ブラジル社会経済分析研究所(IBASE)、Greenpeace、オルター・トレード・ジャパン政策室室長を経て、現在はOKシードプロジェクト事務局長。ドキュメンタリー映画、『遺伝子組み換えルーレット』(2015年)、『種子みんなのもの?それとも企業の所有物?』(2018年)の日本版企画・監訳。共著『イミダス現代の視点2021年』(集英社2020年)その他、『世界』(岩波書店)などで記事を執筆。

なぜ今、重イオンビーム(放射線)育種米なのか?

───カドミウム低減米ができた背景は?
印鑰 重イオンビーム(放射線)育種によるカドミウムを吸収しにくいお米「カドミウム低減米」の開発が進められています。この背景に、日本は世界で有数のカドミウム汚染国であることが挙げられます。カドミウムは銅や亜鉛の鉱脈に一定量含まれる元素で、人体に毒性があり発がん性物質です。人体に取り込むと腎臓に蓄積され、カルシウムが失われて骨が脆くなります。それが四大公害病の1つ「イタイイタイ病」であり、富山県神通川流域をはじめ日本中さまざまなところで被害をもたらしました。銅や亜鉛を取り出す際にはカドミウムをしっかり隔離する必要がありますが、特に対米開戦以降、戦争に必要な銃弾をつくるために鉱山が乱開発され、不要なカドミウムを環境中に捨て続けたことがカドミウム汚染・被害を生み出しました。1970年ごろからカドミウム汚染対策がすすめられて食品に含まれる危険性は低くなり、2003年、農水省が国内産米に含まれるカドミウム濃度を測定したところ、現在の国際基準0.4ppmを超える米はわずか0.3%でした。2023年、内閣府食品安全委員会はカドミウム評価書で「一般の日本人における食品からのカドミウム摂取が健康に影響を及ぼす可能性は低いと考えられた」と結論。多くの農地ではカドミウムによる汚染はないので、汚染地域でのカドミウム低減対策をしっかりすることが重要ではないでしょうか。

───ガンマ線と重イオンビームの違いは?
印鑰 放射線育種とは、品種改良の過程で一度だけ作物や種子に放射線を照射して人為的に突然変異を誘発させるものです。この多くはガンマ線照射によるもので、戦後間もなく1950年代から行われ、世界では3000品種以上、日本では500品種以上がつくられました。その多くが米で、次いで大麦、菊です。原子力の「平和利用」として国際的に推進されましたが、効率の悪さと核施設の維持経費が問題になり、ガンマ線育種施設は世界でほぼ閉鎖、日本でも2022年に閉鎖されました。
 ガンマ線照射ではDNAの損傷は散発的で、細胞内に発生する活性酸素(フリーラジカル)が傷つけるストレスによる間接的な変異が7割ですが、これに対して、重イオンビームは直接遺伝子の一点にレーザービームを当てて遺伝子の二重鎖を破壊します。ガンマ線と重イオンビームの面積当たりのエネルギー量は最大1万倍の差があり、比較にならない破壊力です。
 重イオンビーム育種により開発されたのは現在までに26品種。そのうち6品種は中国で、残りはすべて日本。中国での登録は1998年が最後で、実際に重イオンビーム育種を行っているのは日本のみで実績もわずかしかありません。

いらない遺伝子はない

───重イオンビーム育種米「コシヒカリ環1号」とは?
印鑰 3500粒のコシヒカリの種に重イオンビームを照射して栽培した苗を測定したところ、カドミウムが著しく低減したものが3つ見つかりました。OsNRAMP5という遺伝子がカドミウムを吸収する遺伝子であることがわかり、この遺伝子を重イオンビームで破壊してつくったのが「コシヒカリ環1号」です。しかし、OsNRAMP5はカドミウムだけでなく、成長に不可欠なミネラル「マンガン」を吸収する役割も持っています。コシヒカリ環1号はマンガン不足になり、ごま葉枯病に陥りやすいと農水省も確認しています。

※イメージ

───13億9000万分の1の塩基が壊れると?
印鑰 コシヒカリ環1号は全国各地で栽培試験が行われました。コシヒカリ環1号は、コシヒカリの遺伝子のうち1つの遺伝子の1塩基のみを壊したものですが、宮城県での審査では同質系と「似て非なるもの」とされ、収量減少のため中断。埼玉県では穂長が短く収量が減るなど宮城県と同様の理由により中断。石川県は2020年に日本で初めてコシヒカリ環1号を産地品種銘柄に設定しましたが、2021年には生産が半減し、2022年には生産する人がいなくなり生産終了へ。成功したケースはないにも関わらず、日本第3位の米どころ秋田県では重イオンビーム育種米に全量転換するとしています。

───遺伝子操作以外の方法は?
印鑰 遺伝子を操作しない従来の品種改良でもカドミウム低減米を開発できる可能性があります。インドのケララ州で3000年前から栽培されている在来種「Pokkali」は塩の濃い地域で特異に進化した品種で、稲に多くのマンガンとカドミウムを取り込みますが、カドミウムは根の液胞に留まり米には移行しません。根を処分すれば、土壌のカドミウム低減にも貢献することができます。2022年、岡山大学の馬建鋒教授によりコシヒカリとPokkaliとの交配による低カドミウム稲の育成が成功し、収量や味は遜色ありません。

なぜ、汚染地域以外も全量転換?

───秋田県は2025年から全量転換へ
印鑰 秋田県のカドミウム汚染地域は大きく捉えても2割程度で8割は問題ありません。しかし秋田県は一部の地域だけで生産すると高カドミウム汚染地という風評被害や、低カドミウム対策米以外はカドミウムが高いのではという逆風評被害を恐れ、全地域で行うことを決定しました。2025年から秋田県で生産されるあきたこまちはすべて重イオンビーム育種米の「あきたこまちR」となる予定で、日本のお米の5%が重イオンビーム育種米になることになります。

───秋田県産米だけの問題?
印鑰 農水省は秋田県だけでなく、日本全国でこの品種の採用を進めていくとしています。2018年にカドミウム対策指針を発表し、2025年までに3割の都道府県での採用を目標に掲げています。すでに22品種が品種登録出願済で、合計202品種の後代交配種を開発中、北から南までの地域に向けた品種を準備しています。開発の状況について情報公開を求めても黒塗りの資料が出され品種情報は不明ですが、国内で生産する米の99%の品種に相当する数で、すべてが特許米になります。農水省は地方自治体に交付金を出して推進し、特に山口県と兵庫県では準備が進んでいますが、兵庫県では市民運動の成果もあってかブレーキがかかっています。

有機の原則を守るために

───放射線で遺伝子を壊しても有機認証?
印鑰 農水省は国際的な有機生産の基準に放射線育種してはいけないと書かれていないため、「あきたこまちR」を有機栽培すれば、有機米として国内販売だけでなく海外にも輸出できるとしています。日本の有機認証が認めれば、有機同等性の確認をしている国には有機食品として輸出できますが、重イオンビーム育種は日本だけ、それを行うことで日本の有機認証に対する信頼は崩壊するのではないでしょうか?有機認証とは有機農業運動が作り出した基準で、その原点は安全な食品を求める人びとの意思であり、遺伝子操作技術や放射線の利用とは相容れないものです。

───下水汚泥肥料で広がる汚染
印鑰 カドミウム汚染対策はすすんでいるはずが、下水汚泥肥料が推奨されるようになり新たな汚染への懸念が広がっています。ロシア・ウクライナの戦争以降、化学肥料が高騰したため、農水省と国交省が広域下水汚泥を肥料の原料に活用する計画を立て促進してきました。コンポストタイプの下水汚泥肥料にはカドミウムやヒ素などの重金属のほか、放射性物質やPFASなどが含まれる可能性があります。肥料に許容されるセシウムは400ベクレル/1㎏ですが、2011年以前は100ベクレル/1㎏以上は放射性物質として隔離しなければならないものでした。もう一つの問題が「永遠の化学物質」と呼ばれるPFAS(有機フッ素化合物)。アメリカでは日本の全農地面積の2倍近い800万haがPFASによって汚染されているといわれており、メイン州では2022年、下水汚泥肥料の利用禁止を決定しました。ところがその翌年、日本は下水汚泥肥料の推進を決めました。日本には土壌中のPFAS基準がありません。この肥料を使うことで農地が汚染される可能性があります。

タネの権利と消費者の権利

───みどりの食料システム戦略について
印鑰 2050年までにオーガニック市場を拡大しつつ、耕作面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大する目標が出されました。
 工業型農業が多重危機を同時進行させていることは世界の共通認識になりつつあります。その結果、世界で有機農業を強化する政策が相次いでいますが、同時に、農薬・遺伝子組み換え企業の巻き返しで政策がゆがめられているのも事実です。日本政府、農水省がネオニコチノイド系農薬削減を明記したことは画期的ですが、害虫の特定の遺伝子を標的に制御するRNA農薬に踏み出す恐れがあります。また、種子政策ではゲノム編集による新品種開発のみを謳っています。企業型農業の推進には積極的ですが、農家の権利には言及がなく、世界で基本となる公共調達政策が欠如しており市場原理主義が窺えます。いい要素とまずい要素が混在しているのがみどり戦略です。

───「不測時の食料安全保障」検討会とは
印鑰 農業の憲法である「食料・農業・農村基本法」の改正を前に、昨年8月から、不測時=戦争勃発等を前提に食料生産を強制することを含む体制づくりの検討会が開催されています。危機を理由に政府が農家に特定の作物の栽培を強制し、従わなければ罰則を科す法案が通常国会に提出されるかもしれません。まるで戦前です。作りたいものをつくる、食べたいものを食べる、わたしたちの食の決定権=食料主権を否定する法律ができてしまうのは大問題であり、選ぶ権利が奪われてしまいます。

───選ぶ権利、つくる権利を守るために
印鑰 重イオンビーム育種米の登場とともに、地域の土壌からカドミウムを下げる施策が消え、米のカドミウムを下げればよしとなっています。また、重イオンビーム育種による影響はゲノム編集に近く、安全性は確認されていません。お米の食品表示には「コシヒカリ環1号」は「コシヒカリ」、「あきたこまちR」は「あきたこまち」として販売される計画で、放射線育種やゲノム編集の有無は表示がなく消費者は知ることができません。しかし「放射線育種をしていない」と表示することは可能で、新たな表示をつくることで知る権利を守ることができます。
 消費者基本法第2条では、情報の提供と選択の機会を保障されています。また、国連小農権利宣言では農家が栽培したい品種を決定する権利が採択されています。
 従来の品種を守り、重イオンビーム育種への規制を求めることが課題です。下水汚泥肥料の使用規制も含めて、農地を守り、生産者を支えて、タネの遺伝的多様性を守ることで自由な未来へとつながります。従来のあきたこまちの栽培を守り、各都道府県にも転換の反対を意思表示して、重イオンビーム育種を有機認証に認めないことや表示の義務化を求めていきましょう。

Table Vol.499(2024年3月)

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