2021年11月7日(日)、コープ自然派しこく徳島センターは料理人・奥田政行さんの講演会を開催、「食の都庄内」親善大使を務める奥田さんは、山形県庄内地方の食文化を紹介し地域おこしに取り組んでいます。

「庄内の食材の豊かさは世界一」と話すイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ・奥田政行さん。

残された自然と農産物

 庄内地方は日本海沿岸、庄内平野を中心とした穀倉地帯で、海の幸・山の幸が豊富な食材の宝庫です。奥田さんは庄内地方の鶴岡市出身で、東京のレストランで修行中に父親が借金トラブルに遭い、25歳で帰郷します。人口が減少し、すっかり寂しくなった鶴岡市を見た奥田さんは「食で故郷を元気にしよう」と誓います。庄内地方は1960年代~1970年代にすすめられた所得倍増計画や日本列島改造論の対象にならず、流通革命とは無縁でした。しかし、それが幸いして都市部向けの画一化・量産化した農産物が栽培されることなく、手つかずの自然、生態系、土地固有の作物が残ったということです。

地産地消までの多数の壁

 「鶴岡ワシントンホテル」「農家レストラン穂波街道」の料理長歴任後、奥田さんは2000年にレストラン「アル・ケッチァーノ」を独立開業。借金返済のためにレストランの皿は100円均一で揃え、食材は山で野草を摘んで節約しました。「地場イタリアン」を謳ったところ、「地元の食材が揃うわけない」と批判されます。当時の農産物は農協主体の大量生産・出荷、肉類は東京経由で仕入れられていました。そこで、奥田さんは畑を借りて少量多品種で野菜を栽培し、地元の生産者を直接訪ねて食材を揃えます。すると、さまざまな種類の野菜が集まり、地元の新鮮な野菜を調理することで奥田さんの味付けが大きく変化。高級食材の使用が困難だったため野菜主役の料理法が誕生しました。

 軌道に乗りはじめると、「地元のものがそんなにおいしいのか?」とケチをつけられます。庄内の食材のおいしさに確信はあるものの説得材料がなかったため、奥田さんは生産者の畑に通って野菜の勉強をします。そして、本から学べない情報を生産者から得て、知識が増えるとともに、畑の香りや風によって野菜が美味しくなることを体感します。

 次は「地元のものがすべて安全で安心なわけがない」と言われるようになり、自分で畑を借りて無農薬栽培を始めます。農薬が第二次世界大戦後に外来作物とともに日本に導入された歴史を勉強し、庄内の気候に合う在来品種の野菜には農薬が不要だと考えます。江戸時代からある野菜が多数発見され、これらの野菜を使った料理が「アル・ケッチァーノ」で食べられると話題になりました。在来品種の「平田赤ねぎ」は絶滅寸前でしたが、全国ねぎサミットで日本三大ネギに選ばれるなど、地元の野菜が次々と脚光を浴びます。

若者を支え地域に未来を

 2004年、庄内の食材を全国に広める「食の都庄内」親善大使に奥田さんは任命されました。レストランには生産者、学者、役人などが集い、庄内の野菜について情報交換するなど公民館としての役割も担います。奥田さんたちの努力が実って庄内の観光客数が増え、雑誌の「住みたい田舎ランキング」東北エリア・世代別3部門で1位を受賞、鶴岡市の過疎化にブレーキがかかりました。奥田さんはスタッフの育成と人生設計にも力を入れ、社内結婚8組を含め家庭をもつスタッフ14組、孫世代は12人。「若い人がいることは、その地域に未来があります」と話す奥田さんはスタッフの独立開業も応援します。

 「『誰にも染まらず惑わされず、自分が正しいと感じたことを正しいと思ったやり方で。日々起きることは宇宙の営みから見ればほんの小さなこと、でもそこに喜びが生まれたら、それは何にも代え難いほど大きなこと』という言葉を座右の銘に料理人として頑張っています。ともに喜びあえる新しい日本をつくっていきましょう」と奥田さんは話しました。

Table Vol.460(2022年3月)より
一部修正・加筆