2021年10⽉14⽇(⽊)、コープ⾃然派奈良は特定⾮営利活動法⼈国連UNHCR協会(UNHCRの活動を支える日本の公式窓口)職員・芳島昭⼀さんを講師に難⺠問題について学習会を開催、私たちに何ができるか考えました。

芳島さんは国際協⼒業界で約29年間働き、海外滞在歴16年。フィジーの⽇本⼤使館に約2年半駐在。1997年からはJICAの仕事でインドネシアに計10回赴任。その他国際NGOのプロジェクトマネージャーとしてザンビアに約2年半駐在。現在は国連UNHCR協会をメインに、昨年4⽉から⽴命館⼤学⼤学院客員教授を務めています。

難民ってどんな人?

 芳島さんは特定⾮営利活動法⼈国連UNHCR協会職員として広報啓発事業・難⺠⾼ 等教育プログラムを担当、学校や⺠間企業などで難⺠問題に関する講演を⾏っています。また、難⺠の⼈たちが⽇本の⼤学に⾏くための奨学⾦プログラムも担当、⽇本にはパートナー⼤学が12校あります。

 「難⺠と聞けば、かわいそうとか貧しい⼈たち、あるいは恐いというイメージを持つ⼈もいますが、私たちと変わらない普通の⼈たちです」と芳島さん。多くは会社員、公務員などで医者や⼤学教授、弁護⼠、パイロット、芸能⼈、スポーツ選⼿もいます。⾚ちゃんから⼩中⾼・⼤学⽣も。難⺠になる原因は紛争や迫害、⼤規模な⾃然災害などで、多くの場合は守ってくれる国・政府がなく、⽣きるためには国際社会の⽀援が必要不可⽋です。

 「みなさん、想像してみてください。ある⽇突然、⾃分が住んでいる町に爆弾が落ちてきたらどうしますか」と芳島さん。逃げるしかなく、住み慣れた家や⻑年従事してきた仕事、町や国までも捨てざるを得ません。そして、断⾔できるのは難⺠になりたいと思ってなった⼈はいないということです。

100人に1人が難民

 世界中で悪化の⼀途をたどる⼈道危機。2017年8⽉25⽇からミャンマーのイスラム系少数⺠族・ロヒンギャの⼈たちはラカイン州北部で起きた暴⼒⾏為によって、隣国バングラデシュに逃れました。その数は推定110万⼈で⼤半が⼥性と⼦どもたち、約55%が18歳未満です。家族や近所の⼈たちが銃で撃ち殺されるシーンを⽬の当たりにしたり、両親が⾏⽅不明の⼦もいます。

 ロヒンギャ難⺠の⼦どもが描いた絵を芳島さんは提⽰。⾚ちゃんが殺され、周りで⼦どもがライフル銃で撃ち抜かれています。⾸を切られたり、⽊に裸でつるされている⼈たちもいます。これは⼦どもが⾃分の眼で⾒たシーンを思い出しながら描いた絵で、つい最近のものだということです。シリア難⺠の⼦が描いた絵は⼥性がちぎれた⾜を持ち、周囲に頭や⼿が転がっています。⾃分の⼦や親が銃弾で頭を撃ちぬかれたり、爆弾に当たって頭も⼿⾜ も吹っ⾶んで⾁の塊になったのを⾒た⼈たち、また、⺟親が⽬の前で爆弾で吹っ⾶ぶところを⾒て⾔葉を発せなくなった⼦もいます。

 シリアの⼈⼝は約2200万⼈、うち難⺠約670万⼈・国内避難⺠約670万⼈で計1340万⼈。世界では紛争や迫害により故郷を追われた⼈は約8240万⼈(2020年12⽉)で、これは世界の⼈⼝約78億⼈の約1%、100⼈に1⼈に相当します。うち⼦どもが約4割。これは⼤問題ですが、⽇本ではあまり報道されません。

 難⺠の⼦どもたちが置かれた状況は、親がいない(15万⼈以上)、将来の夢を描けない、トラウマを抱えたままといった窮状です。そして、このような難⺠を⽀援するのがUNHCRで、1950年、第⼆次世界⼤戦によって故郷を追われたヨーロッパの⼈々を⽀援する⽬的で設⽴されました。当初、数百万⼈の難⺠を対象に3年間限定で設⽴されたのですが、その後、難⺠が増え続けて70年経った現在も⽀援を続けています。

 世界的に著名な緒⽅貞⼦さんは⽇本⼈かつ⼥性で初めてUNHCRのトップを務め、1991年から10年間でさまざまな功績を残しました。その1つがそれまで国境を越えた難⺠しか⽀援できなかったのを国内避難⺠も⽀援できるよう国際的なルールを変えたことです。

 

UNHCRの活動

 UNHCRの活動は、まず緊急⽀援として難⺠キャンプをつくります。数千名から数万名規模のものが多いのですが、ロヒンギャ難⺠キャンプは世界最⼤で約86万⼈が避難⽣活を送っています。逃れて来た時にはほとんどの⼈たちが栄養失調なので⽔と⾷料を⽀援し、病気や怪我をしている⼈たちには医療も提供。その後避難⽣活は平均約20年間続きますが、中⻑期的⽀援として⼦どもたちの教育、医療、精神的なケア、⼤⼈ たちには職業訓練も⾏います。

 恒久的な解決として、望ましいのは安全と平和を取り戻した故郷へ帰ることです。その際には衛⽣環境や医療体制、教育環境など、必要なインフラを整え再建に向けた⽀援を⾏います。故郷に帰れない場合は、新たな受け⼊れ国を探し、必要な際には語学訓練などを⾏います。

 難民となった人たちの主な出身国は、シリア、ベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーの5ヵ国で難⺠の約7割を占めています。シリアは2011年3⽉に紛争が起きるまでは多くの難⺠を受け⼊れ、暮らしやすく、⾵光明媚な国でした。政治的には不安定でしたが、⼤学まで無償、医療費も無償、海外からの観光客はオーストラリアよりも多く、⾃分がまさか難⺠になるとは思わなかったと⼝を揃えます。

 難⺠を受け⼊れている国は、トルコ、コロンビア、パキスタン、ウガンダ、ドイツの順で約86%は開発途上国が受け⼊れています。⽇本は2019年度の難⺠認定数はわずか44名。扱いもひどく、難⺠申請をしてもほとんど認められず、時には不法滞在者として収容され、受診させずに亡くなった人や暴力を受けた人もいます。

 難⺠には有名な⼈もたくさんいます。アインシュタイン、映画『ボヘミアンラプソディ』で⼤ヒットしたフレディ・マーキュリー、モロゾフ創設者、その他、世界的モデルや医者など。昨年、ニュージーランドで国会議員になった⼈やイギリスに逃れてパイロット資格を取得したシリア難⺠の⼥性もいます。

私たちができることは

 私たちができることは、まず知ること、知ったことを伝えること、募⾦に協⼒して⽀えること。そして、⾃分が難⺠だったらと考えて寄り添うことも必要です。募⾦については50円で⼦ども1⼈の命が救える栄養補助⾷品が購⼊できます。継続的に⽀援するための「国連難⺠サポーター」制度があり、毎⽉2000円を1年でソーラーランタン1家族分、毎⽉3000円を1年で医療⽀援15⼈分、毎⽉5000円を1年でテント1張りを⽀援できます。

 「なぜ難⺠を⽀援するか。それは救いを求める⼈に⼿を差し伸べるのは当然で、紛争地から命からがら逃げた先で難⺠として受け⼊れらなかったら⾃分ならどう思うか。家族と離れ離れになったことを⾃分ならどう思うか。⾃分事として考えるべきではないでしょうか」と芳島さん。また、⽀援はグローバル社会のメンバーとしての義務であり、戦後復興、阪神淡路⼤震災、東⽇本⼤震災で⽇本も国際社会から助けられたことを忘れてはならないのではないかと芳島さんは話します。

 

Table Vol.453(2021年11月)より
一部修正・加筆