NPO法人森は海の恋人理事長・畠山重篤さん、高知県「四万十大使」を約20年に渡って務め、流域の小中学校で森と川のつながりについて講演活動も行っています。

2019年2月2日(土)、アスティとくしまにてNPO法人森は海の恋人理事長・畠山重篤さんの講演会が開催されました。
主催は、自然の住まい協議会、NPO法人里山の風景をつくる会、NPO法人コープ自然派プラス、コープ自然派しこくで、吉野川源流域でつくられる「源流米」の産直や国産材での住まいづくりを通じて、連携した取り組みを行っています。

森の木を使用した住まいづくりから吉野川の環境を守る運動に取り組むNPO法人里山の風景をつくる会・近藤こよ美さんが司会を務めました。

 

植林活動と森・海の再生

 畠山さんは宮城県気仙沼湾で父親の代から100年続く漁師一家として、牡蠣や帆立貝の養殖業を営んでいます。畠山さんが理事長を務めるNPO法人森は海の恋人は、気仙沼湾に注ぐ大川の上流の山に落葉広葉樹林を植える活動を続けて今年で31年目。子どもたちを海に招いて行う体験学習では、1万人以上を受け入れてきました。

 三陸リアス式海岸の入り江にある気仙沼湾は日本で7~8位の水揚げ量を誇り、世界三大漁場としても有名です。高度経済成長期以降、公害による環境破壊が社会問題化していた頃、気仙沼湾でも水質汚染による赤潮が発生し、牡蠣の身が赤くなる現象が起きました。牡蠣は1日200リットルの海水を吸い大量のプランクトンを食べるため、赤潮の原因となるプランクトンの影響で身が赤くなったということです。食物連鎖は植物プランクトンから始まり、すべての海の生きものは植物プランクトンの影響を受けます。このような事態を改善するために畠山さんは気仙沼湾に流れる大川の河口から岩手県につながる源流までの30㎞を歩いてみました。河口近くには水産加工場が多数建ち並び、大量の廃水が海に垂れ流されています。上流に向かう途中の田んぼは生きものの気配がなく、「沈黙の春」さながら静まり返っていました。「農薬や除草剤を使い始めてから生きものがいなくなった」という農家の話を聴き、また、新月ダム建設に反対する立て看板を見つけ、今まで見過ごしていたことに畠山さんは気づきます。山に入ると、戦後、建築資材用に植えられた杉林が手入れされないまま放置され、陽が差し込まない暗い森が続いていました。

 「海をきれいにするためには、森の環境を整えなければならない」と考えた畠山さんは、漁師仲間とともに「森は海の恋人」運動を開始。そのようななか、北海道大学水産学部名誉教授・松永勝彦さんとの出会いがあり、植物が生長するために鉄分が重要な役割をしていることがわかりました。森で葉や下草から腐葉土がつくられるとき、フルボ酸という物質が生まれ、土中で鉄分と結びついてフルボ酸鉄になるため、豊かな森からは大量のフルボ酸鉄が川を通って海に流れ込みます。植物が葉緑素をつくるとき、また、窒素やリンなどの肥料を吸収するときには鉄の力が不可欠で、フルボ酸鉄が豊富な河口には良質な植物プランクトンが増えて牡蠣の好漁場になるということです。

「森は海の恋人」の功績

 東日本大震災による大津波で気仙沼湾は壊滅的な被害を受けました。海が真っ黒になり海から生きものの姿が消え、「森は海の恋人」活動になんの意味があったのか、と畠山さんは絶望します。そのようななか、5月に京都大学名誉教授・田中克さんによる海水調査が行われ、「牡蠣が食べ切れないほどの植物プランクトンがいます。海の生きものは戻ってきますよ」との力強い言葉に、畠山さんたちは勇気づけられました。森里海連環学を研究する田中さんは「森は海の恋人」運動を以前から評価し、「川や森林の環境を整えていたことが功を奏した」と話しています。そして、またたく間に海は復活、「森は海の恋人」活動も再開することができました。

 日本は3万5000もの川が流れ、汽水域に囲まれた豊かな漁場の宝庫です。しかし、日本にある約3000以上のダムや河口堰の生態系への悪影響は計り知れません。しじみの産地の長良川の河口は、河口堰がつくられた後、しじみが壊滅状態です。一方、熊本県の荒瀬ダムは昨年、撤去工事が完了し、アサリやアナジャコなどの漁獲量が増加。米国ではダム撤去の動きが拡がり、生態系の復活が期待されています。「今後、全国のダムの撤去が日本の公共事業のあり方ではないでしょうか」と畠山さんは話しました。

当日は、リレートークやコープ自然派商品の即売会などが行われ、150名を超える参加がありました。

Table Vol.388(2019年3月)