コープ自然派は食と農の問題から命の大切さを考え、社会課題を事業と運動により乗り越えていく生協の役割を再認識するなかで福祉事業への取り組みをはじめました。私たちが大切にすべきものは何なのかを考える上で、宇沢弘文さんが提唱した「社会的共通資本」という考え方が大きなヒントとなります。宇沢さんの最晩年の弟子であった守田敏也さんに話を聞きました。

守田敏也 | MORITA Toshiya
同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェローなどを経て、現在はフリージャーナリスト。環境問題や平和問題に関わってきた。原子力政策に関しても研究・批判活動を続け、福島原発事故後は国内外で原発問題や放射線防護の講演を行なう。丹波篠山、米原の両市で原子力防災を展開。京都「被爆二世・三世の会」世話人でもある。コープ自然派とは脱原発・放射線防護分野で活動をともにしてきた。
社会的共通資本とは何か
社会のあり方を転換するために
守田 宇沢弘文さんは日本を代表する経済学者で、1950年代から60年代にかけて近代経済学の分野で世界的功績を残すとともに、生涯にわたり資本主義の矛盾と格闘されました。宇沢さんが亡くなる少し前、晩年の5年間をご一緒し、教えていただいたことを伝えたいと思います。
日本社会は今、混乱の中にあります。貧富の差は開くばかりで、食べることすらままならない子どもが増えています。多くの人が非正規雇用であえぐ一方、一部の大企業とそれに連なる人は儲けてばかり。このような社会のあり方の転換の手がかりとなるのが宇沢さんの「社会的共通資本」という考え方です。
私たちは資本主義社会の中で生きています。この社会を特徴づけるのは、さまざまなものが私的に所有されていることです。近代経済学では、私有された資源が自由に市場に持ち込まれ、売買されることが社会を効率よく動かすと考えられています。しかし、宇沢さんは「世の中には市場経済に任せてはいけないものがある。それが社会的共通資本なんだね」と語り続けておられました。
お金に換えてはいけないものがある
守田 社会的共通資本は、人々が豊かな経済生活を営み、文化を育み、人間的に魅力ある社会を持続させていくために不可欠な社会の共有財産を指します。その筆頭は「自然環境」で、大気、水、森林、河川、湿地帯、土壌など。さらに道路、公共交通、上下水道、電力、ガスなどの「社会的インフラ」や、教育、医療、金融、司法、行政など「制度資本」も社会的共通資本。生協もまさにそうですね。宇沢さんは、これらは誰かに所有されたりお金に換えたりしてはいけないし、官僚の恣意的支配に任せてもいけない。みんなで管理していくべきものだと考えました。
社会的共通資本に至るまで
社会を治すために経済学者に転身
守田 この考えはどのように生まれたのか。宇沢さんは1945年に旧制一高に入られ、医師を志しました。同時にそこで農村出身の友と出会って大らかな考え方に感銘し、「農の営み」に関心を持ったといいます。宇沢さんは自然の恵みと制約の中で命の大元をつくり出す「農」を、「農業と呼んではいけない」と話されました。工業などと比較できるものではないからです。それらの点がコープ自然派の立ち位置や、新しい試みと重なるのではないでしょうか。
実は宇沢さんは、医の聖人ヒポクラテスの「医はアート(技術)である」という言葉を誤解し、アート(美術)の素質がないからと医師への道を断念されたそうです。そして、得意だった数学を活かして東大数学科に進みます。ところが社会には飢餓がまん延していました。そこで宇沢さんは「医師が人を治すように、社会を経済学で治す」と考え転身しました。もっとも「でも、社会を悪くしていたのが経済学だったんだね」と後に語られるようになるのですが。
フリードマンとの対決
守田 宇沢さんはその後、数理経済学で頭角を現し、アメリカの経済学者に認められて渡米してスタンフォード大学で活躍します。そして、35歳の若さでシカゴ大学経済学部教授として就任しましたが、そこにいたのが後の宿敵で、新自由主義を世界に広げたミルトン・フリードマンでした。彼を示す象徴的なエピソードがあります。当時はドルだけが金と交換できた時代で、各国通貨とドルとの交換レートが固定されていましたが、1967年、ポンドが切り下げられる情報が経済学者たちに流れたのです。するとフリードマンはコンチネンタル・イリノイ銀行に行って「空売り」を試みました。つまり、ドルを銀行から借りてポンドに替え、ポンドが下がった時点で売って再びドルにして借入金を返して、事前に知った情報を利用して差額を儲けようとしたのです。これに対し銀行はこう答えました。「我々はジェントルマンだからそういうことをしない」。するとフリードマンは激怒し「ジェントルマンとは儲けられる時に儲ける奴のことだ」と言い放ったそうです。宇沢さんが批判し続けたのは、このような非倫理的な考え方でした。
大恐慌からケインズ主義へ
守田 「投資」と「投機」の違いを押さえると、この点の理解が深まります。投資とは、鉄道をつくるなど社会的事業にお金を貸すこと。この資金の収集と利益を生んだ時の配分を司るのが銀行の役割でした。一方、投機は株価を上げて売り抜き、利ざやを得るのが目的。事業がどうなろうとおかまいなしです。アメリカではこの投機が横行する中で1929年に大恐慌が起きました。満潮時に海水に没する土地までが売られる「土地バブル」が生じ、やがてはじけて経済が崩壊したのです。この時、アメリカ政府は銀行などの投機的行為を厳しく取り締まる法律を制定するとともに、経済介入しはじめました。利子率の操作で景気を上げ下げしたり、財政出動で需要をつくって経済を回したり、社会福祉政策で貧富の格差を是正して社会の安定化を図ったりしたのです。これらを「ケインズ主義」と呼びます。
新自由主義への流れとその弊害
守田 第二次世界大戦後、西側諸国の経済はアメリカの大規模な出費を中心に回っていきました。その軸となったのは戦争でした。戦後の日本経済も朝鮮戦争特需で復興し、ベトナム戦争で高度経済成長を実現しました。西側の多くの国も同様でした。ところが、アメリカがベトナムで戦費を使いすぎ、ドルと金との交換体制を維持できなくなり、1971年に交換停止を宣言。これがニクソン・ショックです。さらに1973年にオイルショックで原油価格が引き上げられ、ダブルショックとなりケインズ主義が立ち行かなくなってしまいました。この時、登場してきたのがフリードマンの新自由主義で、レーガン、サッチャー、中曽根が採用しました。そこでは「政府の経済介入が良くない」「すべてを市場に任せよ」という市場原理主義が主張され、社会保障制度や累進課税率を弱めることが強調されました。「セーフティーネットがあるから人々は真剣に競争しない」というのです。さらに労働組合を「市場競争を阻害するもの」と攻撃し弾圧。日本でも国鉄労働組合が狙われ、分割民営化(私営化)が強行されるとともに、国鉄所有だった駅前一等地の分捕り合戦も起きました。
水俣と公害と 「社会的共通資本」
水俣は社会的共通資本の概念の聖地
守田 宇沢さんはその少し前の1968年に、ベトナム戦争に没入するアメリカと訣別して日本に帰国されたのですが、大きなショックを受けたといいます。経済指標とは裏腹に、美しかった山河が乱開発され、人々が公害で苦しんでいたからです。宇沢さんは各地の公害現場を歩きました。そして、水俣で水銀中毒に苦しむ人々に出会い、「これは僕たち経済学者の責任だ」と痛感したのです。海や自然を守る理論が経済学の中にないことを突きつけられたからでした。宇沢さんは胎児性水俣病の患者さん宅を訪れた際、戸口でこぶしを握りしめて立ち尽くし、涙を流されたそうです。
なぜこうなってしまったのか。宇沢さんは経済学の「自由財」という考え方に着目しました。大気や海などの私有化できない資源を、宇沢さんの同僚が「自由財」と定義して「誰が使っても自由」としましたが、それは「誰が汚しても自由」という考えとセットでした。このもとに世界中で廃棄物がどんどん流されてしまったのです。これに対し、宇沢さんは汚してはならない大切なものを「社会的共通資本」という概念で捉え、守ろうとしたのでした。
近代経済学への批判へ
守田 宇沢さんはさらに、近代経済学そのものへの批判に進みました。近代経済学はあらゆるものをお金に換算し、損得勘定で考えます。そもそも命や健康、自然環境の破壊など、本来は計算できないものを主観的に価格に換算し、損得計算を行うことが根本的に間違っているのです。
さらに、損得勘定論=コスト(社会的費用)・ベネフィット(社会的便益)で判断する考え方にも問題があります。この考えは「最大多数の最大幸福」を唱える功利主義がベースとなっています。功利主義は法改革などで良い面もありますが、経済計算に適用されると欠陥を顕わにします。便益をどう分配するのかの考察がないのです。いまでもこの考えのもとに一国の経済力をGDP=国内総生産で測りますが、それが増加しても一部の人だけに便益が配分され、大多数の人は貧しいままということが起こり続けています。また、公害で不利益を被る人々がいても、それを数値で上回る社会的便益があれば「良し」とされてしまいました。原発はその悪弊の最たるものです。
こうした近代経済学の限界を正すために宇沢さんがたどり着いたのが、社会的共通資本という考え方でした。


コープ自然派の福祉事業の可能性
守るべきは医療、教育、農、福祉
守田 いま、さまざまな領域で民営化の名のもとに私有化、市場化が進んでいますが、宇沢さんが特に社会的共通資本として守ることを強調されたのが医療でした。もちろん介護など福祉も含みます。日本はまだ質の高い医療を平等に受けられますが、社会保険のないアメリカでは盲腸で300~600万円もかかるような医療の市場化が進み、病気で破産する事態が多発しています。こんなことは大間違いです。命を守る医療、人を育てる教育、その大元をつくる農の営みは、社会的共通資本の中核として大事にしなければいけません。特に、福祉領域をもっと発展させなければなりません。
その際に注意すべきなのは、私たちもまた無意識のうちに、すべてをお金に換算し、損得で評価する考え方に慣らされてもいることです。人間をも「生産性」で価値を評価して「それが低いのは自己責任」などと思わされ苦しんだりしています。このような現実の人間の心豊かな姿を無視して金勘定に変えてしまうものの見方、いうなれば愛のない考え方が社会を浸食していることも、私有経済=資本主義の弊害です。
温かく愛あふれる社会へ
守田 宇沢さんは社会的共通資本の考えを通して、真に豊かな社会のあり方を目指されましたが、その社会的共通資本を維持する上で大事なのが、誰が管理するのかです。教育への資源配分で、官僚が恣意的に森友学園などに資金を流すことなどを続けさせてはいけません。ではどうするのか。現場の当事者、専門家、市民が管理に参加するのです。宇沢さんは、例えば海なら漁民の方たちの参加が必要と強調されました。そして、みんなで管理していくのです。そのためには地方分権化をもっと大胆に推し進め、地方をもっと活性化させなくてはいけません。
こうした考えをもたらしてくれた宇沢さんは2014年秋に亡くなられましたが、宇沢さんの次の言葉は今も珠玉です。「人々のくらしにとって大切なものは、決してお金に換えてはならない。人間の生涯において大きな悲劇は、大切なものを権力に奪われてしまう、あるいは追い詰められてお金に換えなければならなくなることだ」。この言葉をあらためて噛みしめて頑張りましょう。コープ自然派の新たな試みも、社会的共通資本を豊かにしていく大事で可能性に満ちた試みです。心から応援しています。一緒に温かく愛あふれる社会を育んでいきましょう。
Table Vol.522(2026年2月)

