世界を支配する手段として、食と農が大きなターゲットになっています。グローバル企業による食の支配の構造と、それに対抗する市民のチカラについて、ジャーナリストの堤未果さんに聞きました。
堤 未果 | TSUTSUMI Mika 国際ジャーナリスト。国連、米国野村証券等を経て現職。TV・ラジオ等各種メディアで活躍中。『ルポ・貧困大国アメリカ』(岩波新書)、『社会の真実の見つけ方』(岩波ジュニア)『デジタルファシズム』(NHK)『ルポ・食が壊れる』(文藝春秋)、『国民の違和感は9 割正しい』(PHP) など著書多数。WEB 番組「月刊アンダーワールド」配信中。
「食」で世界を支配する
──堤さんは、日本の報道のあり方に警鐘を鳴らし続けています。
堤 食をコントロールする際にまず狙われるのは、食の知識のない人です。日本では、マスコミが広告主である大企業への忖度で国民が知るべき問題を取り上げなかったり、報道しても圧力団体からのクレームで撤回に追い込まれたりと、特に食に関しては公正な報道は難しい。正しい情報が手に入らなければ、消費者は他国で危険視されている食品添加物や食品を選別できません。さらに日本では食品表示規制が緩められている。私たち消費者は食べ物を選ぶ権利を奪われていることに気づかなければなりません。
──どうすれば情報リテラシーが身に付くでしょうか。
堤 すぐに答えの出るものが正義、自分にとって都合の悪いものは悪という単純な思考回路が、最も操作されやすいことを私たちは知るべきです。スマホは耳障りの良い情報でユーザーを囲い込み、横に繋がる力を持つ消費者運動をかつてないほどに弱めてしまいました。支配に抗うためには、デジタルで分断されたつながりを取り戻し、アナログ的なコミュニケーションを広げることが大切です。コープ自然派のみなさんが一貫してやってきた「食から政治や社会を考える」という運動が、かつてないほどに重要になっているのです。
──便利で早くて簡単に手に入るのがいい、効率的なのがいい、季節に関係なくいつでも同じものが24時間手に入るのがいいという「ファスト思考」は危険ですね。
堤 「ファスト思考」が危険なのは、人間にとって都合の悪いものは変えてしまえばいいという優生思想につながるからです。科学の力で、「遺伝子」さえ都合よくつくり変えてしまう。謙虚さを失った暴走が止まりません。
遡れば1961年、農業の生産性向上と農家所得の増大を謳った「農業基本法」の制定が、その端緒だったのかもしれません。それまで日本人は自然循環の中で食べものをつくっていたのに、「農業基本法」をきっかけに近代化し、生産性こそ正義だとして突き進み、大切なものを忘れていったからです。本来、自然は化学肥料や農薬で人間が支配しなくても、そのままで完璧に調和しているもの、そこに寄り添う形で農業を行いめぐみを頂戴するのが、有機農業のあり方です。人間にとって役に立つ、立たないという優生思想的なものから離れ、すべてのいのちには役割があるとする思想は、世界規模で進むフードテックの暴走を止める、大きな力になるでしょう。
ローカルな有機をひろげる
──世界では食糧危機が叫ばれています。
堤 昨年1月、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで、90億に達する世界人口と異常気象がもたらす食糧危機について各国への提案がありました。4大柱は「遺伝子組み換えで収量増」「デジタル農業で無人化」「肉、魚、乳製品は人工生産」「昆虫食を主役に」。ゲノム編集食を真っ先に承認し、培養肉研究や食用コオロギ、スマート農業に多大な補助金を出す一方で、伝統的な水田や畜産を切り捨てている日本政府の政策も、この提言に沿っています。生産者の主権を奪うこの内容に、世界中の農家が激怒しました。世界の食糧は不足しているのではなく、一部の人々が巨額の利益を得るマネーゲームにされている、これこそが本当の危機だと、世界の生産者達は知っているからです。
──オーガニックは解決策になるでしょうか。
堤 はい、なります。世界では、テクノロジー重視の流れに対する揺り戻しのように、オーガニック市場が大きく伸びて、2009年までの10年間で、有機生産者数は15倍、有機食品売上高は7倍になりました。日本国内でも地域循環型の学校給食に取り組む自治体が広がり、主要農作物種子法に代わる種子条例も34道県で制定されています。遺伝子組み換えや農薬を使わないというだけでなく、「つくる権利」「食べる権利」「選ぶ権利」という3つの主権を取り戻すことに主眼が置かれているのです。
一方で、オーガニック市場への大企業の参入拡大には注意が必要です。政治家へのロビー活動によりオーガニックの基準が緩められる恐れがあるからです。原料や人件費の安い海外生産のオーガニック商品が市場に出回れば、国産のオーガニック商品は価格競争で負けてしまうでしょう。オーガニックをマーケットとして捉え、大規模に生産し大きく儲けようというビジネス思考ではなく、生態系を壊さずに自然の恵みをいただくという、小規模でローカルな有機農業を推進していかなければなりません。
選ぶ権利を正当に行使する
──私たちにできることは何でしょうか。
堤 企業のアキレス腱は消費者の意識と選択です。例えば米国では、母親たちが声を上げることで遺伝子組み換えの表示を実現しました。イスラエルによるガザ攻撃では、世界中の市民によるファミリーマートへのボイコット(不買)運動によって、伊藤忠商事がイスラエルの軍事企業との提携を解除しました。企業は、企業イメージと利益がもっとも大切です。消費者が選ぶ権利を正当に行使することで、企業を変えていくことができるのです。
堤 法律を味方にすることも大切です。今期の国会に提出された「ローカルフード法案」(川田龍平議員の発案した超党派の議員立法)は、地域のタネを守り、行政予算による安全な給食の実現や、肥料や飼料の国産自給、地域独自の認証制度など、まさにコープ自然派の皆さんが取り組んできた方向性を全国で制度化する画期的な法律です。今国会では時間切れとなりましたが秋の国会で再提出されるので、皆さん是非「ローカルフード法」という名をSNSで拡散し、地元議員に成立を呼びかけて下さい。
堤 健やかな食は、子どもたちに手渡せる最後の宝物です。「いただきます」は他のいのちを頂戴すること、「ごちそうさま」はすべてのいのちと、食べものが食卓に届くまでに関わったすべての人たちへのありがとう。そっと手を合わせる、あの気持ちを伝えていきたいですね。
Table Vol.507(2024年11月)