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巻頭インタビュー

地域から民主主義を始めよう(NPOアジア太平洋資料センター(PARC)共同代表 内田聖子さん)

2022年6月19日投票の杉並区長選で、岸本聡子さんが4期目を目ざす現職を僅差で破って当選、地域住民が主役となって「公共」を取り戻そうとする取り組みが多くのメディアで報じられ、全国各地の人たちに希望を与えました。あれから約1年、区長選で選対本部長を務めた内田聖子さんに区長選の経緯や意義、その後について聴きました。

内田聖子| UCHIDA Shoko
NPOアジア太平洋資料センター(PARC)共同代表。TPPなどの貿易問題や水道民営化問題、デジタル監視・管理社会の問題などに取り組んできた2022年の杉並区長選では選対本部長を務める。

希望を与えた地域主権への挑戦

───20年前から新しい区長を求める動きがありました。
内田 杉並区は東京23区の西側、東京都全体では中心部に位置します。人口は約57万人、有権者は約47万人。都心へのアクセスが良い住宅地ですが、緑に恵まれ、高円寺や西荻久保では個人商店が元気で地域経済に活気があります。ただ、近年は物価高やエネルギー高騰などで店舗を閉じたり空き家も増えています。大きな家に高齢者が1人暮らしという現状もあります。若い人たちも多いのですが、家賃が高く、都営住宅はここ30年くらい建てられず、区営住宅も増えていないので住まいの貧困は深刻な問題です。
 杉並区は古くから市民運動が活発ですが、一方で保守が強いという風土でもあります。ここ20年くらいを振り返ると、1999年に当選し、3期務めた山田前々区長は排外主義的な思想を支持し、過去の戦争を全面的に肯定した「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を採択しようとして、保護者や教員が反対運動を行いました。そういう前々区長に対して、2010年にリベラル勢力の応援で田中前区長が誕生し、私たちも期待しました。しかし、2期・3期と再選される中で、住民の方ではなく、力を持つ人たちの方を向くようになりました。政治姿勢においてもコロナ禍で緊急事態宣言が出されたときに公用車を使って軽井沢で接待ゴルフをしていたことも問題となりました。
 私たちは山田区政では毎回、田中区政の後期には対立候補を擁立しましたが、敗け続けてきました。2018年にも対立候補を擁立し、ダブルスコア以上で敗北。この20年間は敗北の歴史ですが、それがあったからこそ今回の勝利につながったと言えます。

───そして、地域主権を目ざす岸本聡子さんを擁立しました。
内田 2022年に入って市民団体や住民たちの間で新しい区長を求める機運が高まり「住民思いの杉並区長をつくる会」を立ち上げました。その前年の衆議院選で立憲民主党の吉田晴美さんが自民党の石原伸晃さんを破って当選したことで、吉田さんを応援した住民たちが自信を得たことが背景にあります。
 「会」に集まったのは商店街の方や元教師、児童館がなくなって困っている保護者、道路の拡幅工事に反対している方、これまで選挙や政治にかかわったことがない方もいます。ただ、この時点では候補者が決まっていなくていろいろな方々に打診して断られていました。
 岸本さんはオランダに拠点を置くNGOの調査研究スタッフ、20年間ベルギーに住み、反グローバリゼーション、経済の民主化、公共の再生、ジェンダー平等、気候危機への対策などのテーマにともに取り組んできた仲間です。個人的にもオンライン会議をしたり、岸本さんが帰国された際には会ったりしていました。
 彼女は近い将来、日本に帰って地域貢献したいと考えていることは聞いていましたが、3月の終り頃、オンラインで話しているとき区長選の話題になりました。ヨーロッパではNGOは風通しが良く、待遇も良いので優秀な人たちがNGOと官僚の世界を行き来することが違和感なく行われています。岸本さんは自治体をベースに水道事業の再公営化や学校給食の問題、地域のエネルギー問題に取り組んできたので、区長選に出ることをお願いし決心してもらいました。そして、4月から選挙戦がスタートしました。

公共の再生と民主主義の復権を

───新自由主義とは異なる考え方が必要です。
内田 私も岸本さんもこれまで国際的な経済や政治の調査研究をメインに行ってきました。全世界で強引に推し進められてきた新自由主義経済(できる限り政府の役割を小さくし、市場の自由競争を重んじるという考え方)あるいは経済のグローバリゼーションは、公共的なものや食の安心・安全のための規制、食料主権をも市場に丸投げしています。投資・資本移動・貿易などの自由化と並行して、国内では特に1990年代以降、規制緩和や行政改革などの流れが一気に広がりました。
 全国の多くの自治体では公共サービスが民間委託され、役所や図書館の職員など公務員の多くは非正規雇用です。その理由としては、行政は図体だけ大きく非効率でコストがかかる。日本は公務員が多すぎるということですが、他の先進国に比べて日本は公務員の数は少ないのです。それなのに職員を減らすことを最優先させ、サービスを民間に任せると質が向上すると言われてきました。結果として、本来は住民のものであるはずの公共の財産が営利に支配され、貧困格差は拡大、地域経済が衰退するという問題が生じています。さらに大きな問題としては、経済活動が国境を超えて行われた結果、気候危機や環境汚染が深刻になっています。
 新自由主義は経済面への影響だけでなく、民主主義そのものを後退させています。日本では官僚とそれにつながる大企業、あるいはコンサルタント会社などが国の基本的な方向性を決めています。もちろん、日本はまがりなりにも民主主義国家ですから政治家は投票で選ばれますが、投票率が低く、自民党に代わるような政党がまとめ切れてなくて、選挙しても民意がなかなか反映されません。そうするとますます一部の人たちで政策が決められ、それを繰り返すうちに選挙に行っても仕方ないとあきらめる悪循環に陥ってしまいます。そして、みんながモノを言わなくなればなるほど、パワーを持つ人たちには好都合で、何をやっても政権がひっくり返ることもないだろうと、軍事費増額や原発推進などが平然と行われているのです。

───公共の再生と街づくりは区長選の大きな争点でした。
内田 杉並区でも公共の衰退がさまざまなところで現れています。1つは職員の非正規化で、約6000人の職員のうち約3000人が非正規雇用、うち8割強が女性です。こうした女性たちは窓口業務や介護・福祉・保育現場など区民ともっとも触れ合うところで働いていて、正規職員より長く働いている職員もいます。しかし、正規職員と比べると待遇は格段に悪く、不安定な雇用形態です。関連して公共サービスがどんどん民間委託されていて、それを自治体の直営に戻すのは何倍も難しいのですが。これに対して何ができるかが区長選の大きな争点でした。
 区長選のもう1つの争点は街づくりです。都市計画道路など戦後すぐにつくられた大きな幹線道路はもう時代には合っていません。道路を拡幅して車がどんどん通るのは気候危機対策に逆行しています。また、老朽化した施設の建て替えに際して、これまでは地域に点在していた施設を集約して駅前の大きな複合施設にまとめるケースが主流となっています。確かに合理的ですが、トータルとして使える面積が以前より小さくなっていたり、徒歩で通えなくなるなど、特に高齢者や子どもにとっては望ましくない施設になっています。
 行政はクレームを恐れて、ほぼ決定した計画について住民に説明したり、パブコメを募集したりしますが、杉並区も同様で、特に児童館や高齢者の居場所がすべてなくなるという計画が前区政のもとで進められていました。
 さらに、LGBTQの人たちが普通に暮らせる権利を否定する人たちが区議会の中にもいます。2023年2月に杉並区ではようやくパートナーシップ条例が可決されましたが、保守系議員からは激しい反対がありました。また、行政の部長職は前区政まで女性がゼロだったことに驚きました。

───女性たちが頑張って自主的な選挙戦を展開しました。
内田 区長選では、「住民思いの杉並区長をつくる会」が母体となって岸本さんを擁立しました。ただ、区長選だと住民の手づくりだけでは難しい面もあり、国政政党および地域政党から推薦をもらいました。
 何と言っても女性たちが頑張った選挙戦でした。杉並区は市民運動の歴史が古いということもあって主要メンバーは60代・70代ですが、その世代も女性が元気。そして、今まで選挙に関心がなかった20代・30代も参加。地元に暮らすクリエイターの方たちはチラシやポスターのデザイン、SNS発信、動画制作で活躍してくれました。もともと杉並区の市民運動は風通しが良いのですが、どうしてもシニア男性の発言力が大きいという雰囲気もあります。でも、新しく参加した女性たちの提案については、とにかくやってみようということになり、「ひとり街宣」はその代表です。大量のポスターを用意しても掲示する場所も時間もない、では区内19の駅でポスターを掲げて連日立とうというアイデアです。候補者だけでなく住民がマイクを持つという「対話型の街宣」も各所で自然発生しました。
 また、私たちは政策を重視しました。「さとこビジョン〜:対話から始まるみんなの杉並構想」という政策集を作成し、街頭の声を聴きながら投票前日まで更新を続けました。7つの基本姿勢として、①気候変動は最優先課題②「杉並区の自治基本条例」に則った行政③隠しごとのない透明な区政、公用車の廃止④職員は「コスト」ではなく、杉並区の「財産」⑤対話と綿密な調査⑥ジェンダー平等の促進、高齢者や女性や少数者が安心して暮らせる街づくり⑦防災に強い地域社会づくりなどを掲げています。

地域住民が主役の自治体へ

───生活や環境が持続可能で誰もが自由に生きられる社会をつくりたい。
内田 選挙結果は187票差という僅差での勝利。万歳三唱はなく、「みんなのことは、みんなで決める!」「児童館守って ゆうゆう館守ろう!」「商店街守って 街並み守ろう!」「あしたの杉並はみんなでつくろう!」などのコールを唱和して喜びを分かち合いました。勝因はいろいろありますが、投票率が前回より5ポイント上がったことが大きいです。投票率は平均37%程度ですが、40%を超える投票所もあり、その地域では課題を抱えていたり、女性票が男性票を上回っていました。
「やさしい熱狂 楽しい運動 やかましくないムーブメント」は、私たちの選挙戦について住民の方が表現してくれたキャッチフレーズですが、一部の人しか選挙や政治に関心がないという状況を変えなければ日本の民主主義は終わってしまうと、従来の選挙キャンペーンの型を見直しました。
 区長選の勝利は、「人々の生活や環境が持続可能で、誰もが抑圧されず、自由に生きていける社会をつくりたい」という岸本さんの信念や価値観に多くの住民が共感し、信頼を寄せてくれたからだと言えます。さらに、気候危機や公共の破壊、経済のグローバリゼーションに対してヨーロッパで広がる「地域主権主義(ミニュシパリズム)」の息吹きも伝えられたのではないでしょうか。

───地域を変える新たなネットワークづくりもスタートしています。
内田 さらに、新たな動きとして、古い政治にNO、新自由主義にNO、維新の身を切る改革にNOを掲げ、「いのちの政治の政策でつながる」5つのビジョンを共有する自治体首長・議員・市民による「ローカルイニシアチブ・ネットワーク」が結成されました。20代・30代の女性候補者をつなぎ支える「FIFTYSプロジェクト」とも協力し、政治分野でのジェンダー不平等を私たちの世代で解消したいと考えています。
 岸本区政としてまだまだ本格的な改革に取り組める段階ではありませんが、自治の主体である住民との対話と協働を基本に、民主主義を取り戻して次の世代に渡していきたいと日々ともに奮闘しています。

Table Vol.495(2023年11月)


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