牡蠣が大好きで小学生の頃から父親の牡蠣養殖を手伝っていたという畠山重篤さん。

コープ自然派では、2005年から国産材を使った住まいづくりに取り組んでいます。2018年3月18日(日)、「自然の住まいの協議会」主催により畠山重篤さん講演会「森は海の恋人」を開催、上流の森と川の流域、そして、海のつながりについて語っていただきました。

生きていたプランクトン

 講師の畠山重篤さん(NPO法人森は海の恋人・代表)は、宮城県気仙沼市で牡蠣の養殖業に携わっています。1947年、戦地から帰った父親が創業し、畠山さんは2代目、現在、3代目が後を継いでいるということです。「牡蠣の養殖はエサや肥料を与える必要がなく、自然さえ整っていれば何代でも続けていけます」と畠山さん。牡蠣は栄養価も高く、東日本大震災後、ジャガイモと牡蠣だけで10日間を過ごし、家族全員、風邪もひかなかったということです。東日本大震災で気仙沼市では1000人以上が亡くなり、今も200人以上が行方不明。さらに海辺の生きものたちも被害を受け、魚もカニもフナムシもいなくなって、それらを餌にする鳥たちも消えてしまいました。海は死んでしまったのではないか、牡蠣の餌となる植物プランクトンも死滅してしまったのではないかと畠山さんは不安な日々を過ごしました。

 震災から2ヵ月後、京都大学調査チームがやってきました。畠山さんは植物プランクトンがどうなっているのか調査を頼んだところ、「大丈夫です。牡蠣が食べきれないくらいの植物プランクトンがいますよ」との田中克・名誉教授の答えに、「これで牡蠣の養殖を復活できると涙が溢れました」と畠山さん。そして、津波被害が大きかったのは干潟の埋め立て地で、川や背景の森林はほとんど被害がなく、森の養分は川を通して安定的に供給されていることがわかりました。

「森は海の恋人」運動へ

 震災前、畠山さんたちは20数年かけて山に植樹する活動を続けてきました。かつて気仙沼の海は汚れ、赤潮が発生し、牡蠣の成長が悪くなっていたのです。河口の干潟は埋め立てられて水産加工場が立ち並び、農薬や除草剤が使われた水田には生きものがいなくなっていました。さらに上流の森は荒れ、地面には下草も生えず土は乾燥、雨が降ると川が土で濁り、海水も濁っていました。そこで、漁民たちが上流の森の植林に取り組みました。「森は海の恋人」運動の始まりです。

 その後、沿岸域の生物の成長には川が運んでくる森の養分が大きく関わっていることを畠山さんは知りました。北海道大学水産学部・松勝彦教授がテレビでそのメカニズムについて説明していたのです。陸でも海でも植物や植物プランクトンが成長するには鉄分が必要。クロロフィル(葉緑素)ができるには鉄は不可欠で、チッソやリンなどの肥料の吸収にも鉄が必要です。

 鉄が海に運ばれるメカニズムは、森林の葉が落ち、腐葉土になるとき、フルボ酸という物質が生まれます。土中で水に溶けた鉄分にフルボ酸が付着してフルボ酸鉄になり、フルボ酸鉄は酸化しないタイプの鉄で川から海に届きます。牡蠣の漁場が河口の海なのは、河口には鉄分が多く、餌になるプランクトンが多いからです。

フランスからの支援も

 畠山さんは森に木を植える活動は科学的にも大きな意味があることを確信、同時に川の流域に住む人たちの意識が変わっていくことにも感動しました。「山に木を植えることで流域の人々の心にも森が育っていった」と畠山さん。子どもたちがいち早く反応し、体験学習後の作文では「明日から朝シャンで使うシャンプーの量を半分にします」「お父さんに農薬をほんの少しでいいから減らしてと頼みました」などの感想がありました。そして、流域の人たちの意識が少し変わることで、自然は予想以上に短期間で蘇ることを畠山さんは実感、市内を流れる大川には鮭が5万〜6万匹、やがてメバルやウナギも上がってくるようになりました。

 戦後、日本の山はスギ・ヒノキを植えましたが、間伐が必要な時期に輸入材が安く入るようになり国産材が使われなくなりました。そして、山が荒れ、さらに、ダムがつくられ海は痩せていきました。「しかし、1000年に一度という大震災を経て気仙沼の海は蘇りました。日本の多くの川の流域は悲惨な状態ですが、『森は海の恋人』活動でこの国の将来はきっと明るくなります」と畠山さんは話します。

 畠山さんたちは震災でフランスからも支援を受けました。それはフランスの牡蠣が全滅の危機に陥ったとき、宮城県の牡蠣タネが救ったからです。50年前のことですが、フランスの人たちはそれを忘れず、漁師や料理人たちがまず行動しました。そしてある日、ルイ・ヴィトン社から支援の申し出メールが届きました。ルイ・ヴィトン社は木のトランク製作からスタートし、各地で森づくりをしています。画家でもある5代目・パトリック・ルイ・ヴィトンは大の牡蠣好き、また、「森は海の恋人」運動をひとつの系としてデザインするという発想に大いに共感したということで、畠山さんは海を越えた支援にとても元気づけられたということです。

「自然の住まい協議会」代表・大川智恵子さんがこれまでの活動の経緯を説明。
「自然の住まい協議会」メンバーであるNPO国産材住宅推進協会代表・北山康子さんは国産材を使った住まいづくりの大切さについて話します。

Table Vol.366(2018年5月)