2021年11月26日(金)、コープ自然派・脱原発ネットワークは、山田清彦さん講演会を開催、青森県のリンゴ生産者とともに六ヶ所核燃サイクル施設について考えました。

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核燃サイクルの「夢」

青森県在住、核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団事務局長などを務める山田清彦さん。

 山田清彦さんは青森県三沢市生まれ。核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団事務局長、核燃から郷土を守る上十三地方住民連絡会議事務局長、核燃を考える住民の会代表などを務めています。

 原子力発電所の燃料であるウランはあと60年くらいしか持たないが、プルトニウムは3000年使えるという「夢物語」が核燃サイクルのスタートでした。世界中がその夢にすがりましたが、なかなか実現せず、原子力先進国は次々と計画から撤退、原子力後進国の日本は未だに夢を追い続けています。

 原子力発電所では天然ウランを燃料に発電しますが、天然ウランのうち燃えやすいウラン235は0.7%しかなく、これを3~5%まで濃縮して原発燃料にします。濃縮燃料を原子炉で燃焼する過程で燃えにくいウラン238が燃焼し、天然にないプルトニウム239が生成されます。高速中性子で核分裂を起こす高速増殖炉では、プルトニウム239がつくられ、核分裂に使われた量以上の新たな燃料が生成されます。また、原子炉(軽水炉)でもウランのほかに新たに生成されたプルトニウム239も核分裂反応してエネルギーを出し、現在の発電量の30%はプルトニウムによるものです。

 「ウラン239の半減期は約20分で20日くらいでなくなりますが、プルトニウム239の半減期は2.4万年、24万年経たなければなくなりません。また、プルトニウム239とプルトニウム241は核分裂性ですが、非核分裂性のものもあり、すべて燃料として再利用できないというやっかいなものが原子炉ですでにつくられているのです」と山田さんは話します。

六ヶ所再処理工場とは

 青森県六ヶ所村には再処理工場も含めて核燃料サイクル基地と呼ばれる4つの核施設があります。「ウラン濃縮工場」は天然ウランを濃縮する施設で、核分裂しやすいウランを約3~5%に濃度を高めた濃縮ウランをつくります。「低レベル放射性廃棄物埋設センター」は、原発の運転によって生じる低レベル放射性廃棄物(黄色いドラム缶など)を埋めて最終処分する施設で、2007年から埋設が始まっています。最終的にはドラム缶300万本を300年埋設しますが、300年後でもそこに家を建てることはできず、そこにいられる時間は限られます。今はその近くにPR館があり、子どもたちが遊んでいます。

 「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」は、フランスやイギリスに委託した海外再処理(全体で約7100トン)によって発生した放射性廃棄物を一時的に貯蔵する施設です。現在はフランスとイギリスから返還輸送された高レベルガラス固化体を貯蔵しています。海外返還の高レベル放射性廃棄物は30年から50年貯蔵した後、最終的にはどこかに持っていくということで、現在、北海道の寿都町(すっつちょう)と神恵内村(かもえないむら)が文献調査に応じています。「海外返還の高レベル廃棄物は30年から50年後にどこかに持っていくということですが、六ヶ所でつくられたガラス固化体はどうするのか聞くと、そういう縛りがないとのこと。つまり、六ヶ所でつくられたものはその都度考えていくという回答でした」と山田さんは話します。

 「再処理工場」は、原発で発電を終えた使用済み核燃料を化学的に処理して、プルトニウムとウランを取り出す施設です。まだ操業していませんが、2006年から2008年まで約2年半かけてアクティブ試験を実施、425トンの使用済み燃料を再処理した時の廃液がまだ残っています。

 敷地の中心にある道路は非常事態に尾駮(おぶち)沼や二又(ふたまた)川から水をくみ上げるための緊急道路で、予備として2本つくられています。二又川は現在も再処理工場の水を供給していますが、尾駮沼は汽水域なので塩水が入っていて、将来、再処理工場を使えないという事態も想定されています。

各地の原子力開発計画

 1956年9月6日に「原子力開発利用長期基本計画」が内定し、開発計画がすすめられました。西日本では徳之島や平戸島、西表島など、東日本では奥尻島などが候補地になりました。1975年に徳之島で使用済み燃料再処理工場の適正調査を実施。同年、北海道奥尻島の核燃料再処理建設プランがつくられました。1983年7月、奥尻町議会で原子力再処理工場問題調査委員会設置条例が制定されましたが、反対だった横路知事(当時)就任で断念。1984年4月、青森県下北郡に核燃施設の立地要請。7月、青森県および六ヶ所村に核燃三施設が要請され、翌年の1985年4月9日、県議会全員協議会で北村知事(当時)が受け入れを決定。1985年、青森県と六ヶ所村が日本原燃サービスおよび日本原燃産業と「核燃料サイクル施設の立地への協力に関する基本協定」を締結しました。(1992年7月、日本原燃サービスと日本原燃産業が合併し日本原燃が発足)。そして、1993年4月、再処理工場建設に着工しましたが、竣工は延期されたままです。

原子力をめぐる日米関係

 1968年、日米原子力協定締結。1985年に核燃三施設が青森県に設置されることになり、その3年後の1988年、現行の日米原子力協定が発効しました。それまでは個別的同意ということで再処理にあたってそれぞれアメリカから許可をとっていましたが、年間800トンを限度に包括的同意方式を採用(現在、再処理工場は稼働していません)。2018年、現行の日米原子力協定の有効期間終了。現在は、例えばアメリカが日米原子力協定をやめたいと言えば半年後になくなるという淡い状態です。そして、2018年、アメリカは日本が保有するプルトニウム削減を求めてきました。プルトニウムは核兵器の原料にもなるため核不拡散の観点から懸念を示し、日本は保有量の増加を抑える上限制(キャップ制)を導入し理解を求めました。

度重なる工期延長

 イギリスに21トン、フランスに15トン、そして日本国内に11トン、合わせて47トンのプルトニウムがあります。イギリスにある21トンは将来的に処分の可能性があり、フランスの15トンはMOX燃料加工後、テロ対策をしながら輸送されます。国内の11トンは六ヶ所MOX加工工場で加工される予定です。

 しかし、2020年8月、25回目の工期延期発表、日本原燃は2022年上期に完工を予定していますが、可能性は極めて低く、原子力規制委員会は日本原燃の姿勢に疑問を呈し、次回からは審査の中断もあり得ると発言(2021年10月12日)。MOX加工工場の完成は2024年に延期となりました。建設費も当初の約7000億円から4兆円になろうとしています。

津軽産直組合とは

 

 津軽産直組合の斎藤さんと工藤さんが講演会にオンライン参加、工藤さんが津軽産直組合について説明します。

 

 津軽産直組合は1987年に数名で設立し、現在、36名の生産者が在籍、若い後継者が多いのが特徴です。リンゴ、ごぼう、リンゴジュースを中心に出荷。組合では環境問題に配慮し、「自然との共生」をコンセプトに「全生産者有機栽培」に取り組んでいます。

 

 また、プラスチックごみによる深刻な環境問題に対応すべく「脱プラスチック」に取り組み、リンゴの出荷においても梱包資材を紙素材に切り替えました。包材袋も植物性由来のバイオマス袋に変更予定です。現在、生産者を限定してネオニコフリーに取り組んでいますが、ドリフト(農薬の飛散)問題などの課題と向き合いながら全生産者への普及を目ざしています。また、試験中のバチルス菌や酵母菌を培養した殺菌方法で農薬の使用回数を削減した栽培方法の確立に取り組んでいます。

青森県の生産者として

津軽産直組合・代表の斎藤さん(左)と工藤さん(右)。

 山田さんのお話を聴いて、「この場で賛成・反対できない立場です。かつて日本原燃が地元に補償金などをばらまき、それを活用して今のリンゴ栽培が行われている現実があります。当時はリンゴの価格が安く、負の遺産だとわかっていても受け取ってしまった情けない状態でした。経済的に豊かではない青森県に核燃料再処理工場を持ってくるのは狙い通りですね。六ヶ所村もそれで経済が回っていくというのが現状です」と代表の斎藤さんは苦しい胸の内を話しました。

 

 この発言に対して、「青森県に支払っている核燃料税などは再処理に要する金額と比べると大きな額ではありません。負担に思うのではなく、安全にやめるよう声を上げていくべきではないでしょうか」と山田さんは話しました。

 

Table Vol.455(2022年1月)より
一部修正・加筆