2019年12月9日(月)、コープ自然派奈良(理事会主催)では、特別決議学習会として、劇作家・演出家の平田オリザさんを迎え、これからの民主主義についてお話をうかがいました。
違いを認め合うことから
ヨーロッパでは市民が議論・対話できる素材を提供することが劇場や博物館、美術館の役割だと考えられています。一方、日本では国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展」が大きな問題となりました。「アートはいろいろなことを想像できるので政治家は怖れるのでしょうね。しかし、企画を進めておいて展示の直前に市長が中止させようとするなどあり得ないです。ヨーロッパでは政治家はお金を出しても作品の内容からは距離を置きます」と平田さん。そして、「文化は民族特有のセンスで、他の民族に押し付けることはできません。違いを認めることから出発しなければ異文化理解はうまくいきません。隣国同士は仲が悪い場合が多いのですが、文化が近すぎるからかもしれませんね。丸く収めたいところですが、小さな角をたくさん突き合せないと大きな衝突になることもあります」と話します。
コンテクストを理解する
コミュニケーションがうまくできないのはコンテクストのずれがあるからだと平田さん。コンテクストとはどんなつもりでその言葉を使ったのかという意味で、文脈、背景などとも訳されます。「お母さん、今日宿題していなかったのに、H先生は全然怒らなかったよ」と嬉しそうに走って帰ってきた小学1年生。それを聞いた親はどんな答えを返すかという質問が参加者に投げかけられました。さまざまな答えが出た後で、「この時、この子が伝えたかったのは宿題の話題ではなく、H先生のことだったのではないでしょうか」。
ホスピスに男性が入院していて、なぜこの薬を使うのかと妻が毎日質問するので看護師は困っていました。しかし、ある日、ベテラン医師が妻に「つらいですよね」と言ったことで薬について質問しなくなりました。彼女は薬の内容が聞きたかったのではなく気持ちを理解してもらいたかったのでしょう。「どんなにAIが発達しても子育てや教育、医療、介護などは人間が行わなければならないのです。そして、これからの日本に必要なのは、社会的弱者のコンテクストを理解すること、痛みを分かち合いながら持続可能な社会を目ざすことではないでしょうか」と平田さんは話します。
対話を大切にする教育を
話し言葉のカテゴリーとして、「会話」はわかり合う、察し合う、「対話」は説明し合うと区別されます。日本ではわかり合う社会を築いてきましたが、ヨーロッパは異なる民族、異なる宗教、異なる価値観の人たちがともに暮らし、説明することが必要です。「これからの日本の子どもたちが身に付けなければならない能力は、日本文化を基盤にどのように異文化の人たちに伝えるか、つまり対話が必要になります」。
第一世界大戦後、パリ講和会議が開かれ、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、日本の五大国が参加。日本は初めて五大国に名を連ねることができ100数名の代表者が参加しましたが、すべての会議で一切発言しなかったという記録が残っています。ドイツは敗戦国で参加できず、イタリアは議論が決裂して途中退席。20年後、対話できなかった3国が第二次世界大戦を起こしました。「第二次世界大戦は植民地戦争に遅れた国々が追いつこうと起こした戦争だと言われていますが、対話の言葉をつくってこなかった国々がファシズムを生み、戦争を起こしたとも言えます。日本もドイツもイタリアも強い国家をつくるために、時間がかかる対話をしないでファシズム国家をつくったのです」。
言語学の世界ではどのくらい無駄な言葉が入っているかということを冗長率で表現します。演説やスピーチは冗長率が低い方がわかりやすいですが、対話は異なる価値観のすり合わせなので冗長率が高くなります。これまでの国語教育は冗長率を低くする方向へと動き、その傾向はますます強くなっていますが、無駄や揺れを許容しながら時間をかけて、異なる価値観を持つ人同士が対話することが大切、そして、どのようにそれを教育に取り入れるかが課題だと平田さんは話します。
豊岡市のチャレンジ
平田さんは、現在、兵庫県豊岡市に住んでいます。豊岡市ではすべての小中学校で平田さんによる対話教育を実施。市の総合計画の第1項目は「リベラルでオープンなまちをつくる」です。また、「コウノトリも棲めるまちづくり」のもとで無農薬・減農薬をすすめ、環境政策に力を入れてきました。「コウノトリ育むお米」はブランド米として高い評価を得て環境と経済を両立。さらに、文化と経済の両立を図ろうと東京や大阪で豊岡市主催の演劇ワークショップを開催し、「アーティストもすめるまち」を掲げてIターンや移住する人たちを積極的に迎え入れています。「このようなまちと異文化を排除するまちは10年後には大きな差が出るのではないでしょうか。対話をぜひ身につけてほしいですね、これからの民主主義のために」と平田さんは結びました。
Table Vol.408(2020年1月)