入浴介助をさせてもらえるようになった。高齢者デイサービスの1日は、朝、利用者のみなさんが集まってくると、おしゃべりをしたり、お昼ご飯をみんなで食べたり、体操をしたりとそれぞれのペースで時間を過ごす。そして、自宅での入浴が難しい方は施設のお風呂で汗を流してゆったり湯船に浸かってもらう。不自由なく身体を洗える場合はご自身で、そうでなければ髪や身体を洗い、お風呂から上がって着替えるまでをお手伝いするのが入浴介助である。
初めのうちはとにかく必死で、洗い残しはないか、石鹸の泡ですべらないかとこちらがお湯を浴びたようにびっしょり汗をかいたけれど、ようやく慣れてきて少し余裕をもって介助できるようになってきた。
子どもの頃から妹や弟、ときには子守りに出された先の赤ん坊をおんぶして学校へ通ったというばあちゃんの背中。「赤ん坊が泣き出すと教室を出んならんかったし、おしっこするとおしめが濡れて背中にまでしみてくる。冷とうて冬は辛かったな」。他にもそんな子どもが校庭に何人か出てきていて、なんとなく集まって赤ん坊を負いながら遊びも始まる。「勉強したかったのにできんかった」というばあちゃんもいれば、勉強がきらいだったというばあちゃんは「守りさん(子守り)が外で遊んでるのがうらやましかったわ」、背中の赤ん坊が泣いたら外に出られるので「無理に赤ん坊のお尻をつねったりしよったな」というばあちゃんもいて、みんなで大笑い。
少し大きくなると一人前に薪や草の束を背負い、歳をとると孫をおぶった。じいちゃんたちもまた、山からさらにたくさんの薪を、川からは石垣に積む石を何度も負いあげた。「わしらぁ、一生なんかを背負ってきたな」という言葉は決して大げさではない。将来を担う子どもたち、自分たちが使うエネルギーやライフライン。思えばじいちゃんばあちゃんたちが背負ってきたのはまさに自分たちの未来そのものだ。
「こんな年寄りの背中まで洗ってもろてすまんのう、贅沢過ぎてバチがあたるわ」と申し訳なさそうなじいちゃん、ばあちゃん。たくさん働いてきた背中、大切な未来を背負ってきた背中。その背中がどれほど美しいか、そのおかげで今私たちが安穏に暮らせていることにどれほど感謝せねばならないか、どんな言葉を尽くしても説明することはできず、ただただ気持ちを込めてたっぷりお湯を掛けさせていただく。
お風呂の窓から見えるのは、山々の緑と絶え間なく流れる澄んだ川の流れ。汗をぬぐいながらふと思う。私はちゃんと未来への責任を背負ってきただろうか。子どもたちが将来に夢を持てる社会をつくり上げてこれたのだろうか。背負う中身は時代によって変わっても、その責任の重さは肌身で感じなければならない。「きれいやねえ」といっしょに目を向けながら考えるのだ。
1998年、家族とともに大阪から徳島県関那賀町木頭に移り住む。国のダム建設計画に対して敢然と立ち向かった女性たちについて書いた「山守りのババたち~脱ダム村の贈り物」、木頭地区に伝わる生活習慣や風習をまとめた「じいとばあから学ぶこと」が出版されている。
Table Vol.377(2018年10月)