2024年3月10日、コープ自然派兵庫(ビジョン環境)は新神戸芸術センターで、寺尾紗穂さんによるピアノコンサートを開催。シンガーソングライターでエッセイストの寺尾さんの弾き語りを聴きました。
戦争と子どもたち
墨田区では、関東大震災や東京大空襲を後世に伝え、残すためのコンサートが行われました。戦後の東京は戦災孤児で溢れ、彼らの多くは孤児院に収容されましたが、当時のことが作文に書き残してありました。日銭を稼ぐために「しゅー・しゃいん=靴を磨くよ」とアメリカ人に声をかけ、なんとか生き延びていたと。その様子や心の声、無邪気さが表れた曲が『しゅー・しゃいん』。歌い終わった寺尾さんは、「日本ではまるで過去のことのように思われていますが、今も世界各地で争いが起こり、戦災孤児が生み出され続けています。1人の子どもから親を奪っていい権利なんて、誰にもない。大人は子どもたちにフォーカスして彼らの声を尊重しなければならないと気付いたとき、やっと戦争がなくなっていくのではないでしょうか」と語りかけます。
日雇い労働者、路上生活者が流した汗
寺尾さんは学生時代、東京のドヤ街・山谷の建設現場で働いていた坂本さんに出会い、ビルや素敵な建設を見ても、誰が汗を流して作ったのか?という想像力が欠落していたことに気付かされました。そしてできた曲が、「アジアの汗」。寺尾さんは埼玉県のクルド人難民の問題にも触れます。日雇い労働者や工事現場に外国人が多いのは、言葉の壁があるからだと思っていたそう。難民認定がおりず仮放免になると働く権利が奪われ、子どもたちは義務教育以外受けることができない深刻な状況になります。仮放免という立場のままでは、その先の就労も閉ざされています。そのため入国管理局が唯一目をつぶる肉体労働(解体業)に従事するほかない場合があることを、映画『東京クルド』で知ったという寺尾さんは、「人が安全な場所、豊かな場所に住みたい、そこで子どもを育てたいと思うのは当然の思いです。ヘイトに基づく誤情報もネットにあふれ始めているなか、彼らの声を知ることのできる『東京クルド』が改めて色々なところで上映されてほしい」と。日本人も移民として各地へ渡った歴史があり、決して他人事ではないはずです。
血で汚れた電気
2009年の終わりにジャーナリスト樋口健二さんの『闇に消される原発被曝者』を読んだ寺尾さんは衝撃を受けました。原発は、チェルノブイリのような事故が起きたら取り返しのつかないことになり危ないと思っていましたが、平時の原発も現場作業に従事する労働者がいないと成り立たないものであることを知ります。そして「突発的なトラブルで大量に被曝する以外にも、少しずつ体をむしばんでいく低線量被ばくで苦しむ労働者が生まれていることに気づかされた」という無力感の中でできた曲「私は知らない」を聴かせてくれました。
想像を超えた部分を受け入れて
「人と人との絆や、愛も目には見えないけれど、見えないものだからこそ、大切にしたいものがあります」という寺尾さん。
香害や電磁波など見えないもので他者がリアルに苦しんでいることに共感できるこころは、優しい社会をつくります。寺尾さんは、「10年後、100年後を思い描く人が生み出すイマジネーションは、人に伝わる範囲が広ければ広いほど、社会が変わっていくことにつながります」と。いま見えているものがすべてだとすれば、社会は停滞したまま。目に見えないものや不思議なことを否定する人に感じてもらおうとつくったのが、『歌の生まれる場所』。「笑われても夢を見ること、こういう可能性もあるかもしれないと余白を持つことの大切さを感じてほしい」とこの曲で締めくくりました。
消えてはならない声に耳を傾け、音楽で表現する寺尾さんの歌声が多くの人に届きますように。
Table Vol.502(2024年6月)